前回の続き。
佐藤光玉さんの体験記には、キスカ島撤収の様子が詳細に綴られています。
原文の引用ではないことをご了承くださいませ。

☆☆☆

敵艦隊がレーダーに幻の影を見て、猛攻撃をしたり同士討ちして、一旦包囲網を解いた2日後。
7月29日13:40、予定より3時間以上早く、キスカ島鳴神湾に収容艦が入港しました。


軽巡洋艦と駆逐艦11隻。
海防艦1隻とタンカー1隻が次々と。
わずか50分で5181名全員が乗艦。
兵器を海に破棄して荷物を少なくしたため、短時間で出来たようです。

アッツ島から米軍の制空権範囲を脱するまでは全速力で航行。
北千島に接近するとき、かすかに飛行機の爆音が。
雲間から数機の編隊が機体を現し、翼の両側に日の丸が見えたときは、全員で声高らかに万歳。

友軍機は各艦艇の上空を旋回し、まるで
「キスカ島の将兵ごくろうさま」
と呼びかけているようでした。

そして無事、北千島に上陸✨✨✨


2週間後の8月15日。
キスカ島がもぬけの殻になったことを知らない米軍は、艦艇100隻、兵34000でキスカ島に上陸。
極度の緊張から同士討ちになり、死者は100名にのぼりました。
結局島にいた生き物は犬3匹🐕️🐕️🐕️

さらに日本軍医の悪戯で、兵舎前に「ペスト患者収容所」と立て看板を残していたため、通訳官のドナルドキーン氏が翻訳し大パニックに。
本土に大量のペスト用ワクチンを発注したそうです。