太平洋戦争は1941(昭和16)年に始まりました。
第七師団が犠牲になったのは、ガダルカナル島の戦いとアッツ島玉砕です。


1942(昭和17)年、ガダルカナル島の戦い。
ガダルカナル島はオーストラリアの北東、パプアニューギニアの東に位置するソロモン諸島のひとつ。

第七師団一木支隊2400名は、ミッドウェー海戦に負けて旭川へ帰る途中、呼び戻されてガダルカナル島に。
これは第一次ソロモン海戦と呼ばれ、先遣隊900名が夜に飛行場へ突撃するも翌日昼までに全滅。
残りの第七師団もほぼ全滅し、一木支隊長はピストル自決します。

主な敗因は、米軍の兵力を2千と見積もっていたこと(実際は2万)。

第二次総攻撃に於いても、敵に制空権を掌握されていたり、食料不足による栄養失調、マラリアや下痢などで、日本兵の士気は完全に低下。

結局、ガダルカナル島に上陸した兵約31000名のうち、戦死者5000、餓死と戦病死15000名という凄惨なものでした。