旭川のシンボル 旭橋は、町の発展に重要な役割を果たしました。




明治37年に初代旭橋が誕生。
現在の橋は昭和7年に出来たもの。
リベット48万本を使って頑丈にしてあります。
(熱したあと冷やし固め建築資材をつなぐ)
鋲が丸くボコボコ出てますよね。




なぜ頑丈な橋を作る必要があったのでしょう。




旭橋は明治時代、市街地から軍の町に入る玄関口でした。
軍関係の重たい物を運べるよう、頑丈な橋を作ったんですね。

上の図面、北側(軍の町)の文字の右に広がる敷地は、練兵場。
今は陸上自衛隊の敷地かと思われます(部活で外周4km走らされた記憶あり)。
軍の町には、軍の関係者とその家族1万人以上が暮らしていました。


一方、旭橋の南側は、軍相手に商売する人々が集まりました。
東はJR宗谷線が通ってる18丁目くらいまで、市街地が広がってます。




第二次世界大戦でよく耳にする、陸軍第七師団がある軍都。
その軍が旭川と結んだ協定書には
「公園を設備し居住者の和楽を増進する事」とあります。




その和楽の場がこちら(о´∀`о)




大正5年に開園した常磐公園 (旭橋南側の堤防付近) には料亭が3つあって、陸軍兵と市民が交流する大人の社交場でした。




兵隊さん3人と着物女子2人が仲良くボート乗ってる(*´ω`*)

☆☆☆

ブラタモリ御一行様は、最後に旭山動物園を訪れます。
1990年代は深刻な客不足だった動物園。
歩きにくい斜面を生かして、動物を下からも眺められる作りにリニューアル。
水中で活き活きと泳ぐ姿が楽しめるということで、大人気の観光スポットになりました。

旭川はまさしく北のトップランナーですね(*´∀`)


おしまい♪