明治政府は、北海道の中に11国を置くことにしましたが、これは松浦氏の提案がほぼ通りました。



現在の14支庁と比べますと、天塩の替わりに今は上川(?)、留萌、宗谷。


《4/29 追記 ・2019/7/4訂正》
詳しい区分けは、3/23の記事「北海道11国の区分け地図」 に写真付で書きました。
現在の留萌&上川北部が、昔の天塩。
(名寄は天塩の入口、と名寄市HPに記載有)
現在の石狩・空知・上川南部~旭川辺りは、昔石狩と呼ばれていたようです。

《2020/10/16 追記》
石狩と天塩の境がわかりました( ͡° ͜ʖ ͡°)
塩狩峠の文字をご覧ください。
天塩と石狩の漢字が入ってます。
つまり比布町までは石狩国。
塩狩峠を越えて、和寒町から北は天塩国だったんですね。




☆☆☆


北見の替わりに網走。
千島はロシアに奪われる。
檜山、空知が追加。

地名のみならず、地域もアイヌ部族の境界が活かされてたんですね(*^^*)


では、なぜ政府は札幌を北海道の中心に選んだのかと言いますと..


理由① 豊平川や石狩川を水路として、物資を上川方面に運べる。



理由② 農業をするのに広大な平地が必要。

理由③ ロシアが海上封鎖してきても、南から補給を受けるのが可能。
行政の中心地で、幕府の奉行所もある函館は、南すぎて防衛出来ない。




ちなみに、北海道博物館では現在松浦武四郎特別展が開催中です(4月上旬まで)