白石藩士の半数が札幌入りし、本格的な開拓がスタートした明治5年頃。
外国人指導者のもと、創成川から東の現サッポロファクトリー~苗穂方面は、一大工業センターの道を進むことに。


苗穂はアイヌ語でナィ・ポ=小さな川。

↓HTB夕方の情報番イチオシ!より
開拓時代の川(青は河川、水色は小川)



豊平川の水力を利用して工場を作ったり
貯木池を作ったり(大通東2-3丁目)。


開拓に必要な舶来の先進設備を始め、建築資材、工業農業機械、用具工具が毎日大量に生産され、機械や馬車で溢れていたそうです。


⭐⭐⭐


ちなみに地下鉄バスセンターからサッポロファクトリーに行くとき、道路が全然碁盤の目じゃなくて、なんか歩きにくいな~と思っていましたが
細かい道路を作る前に、広い工場や果樹園を建設し、そこを活かしたまま道路を作ったのが原因なのだそう。

工場や果樹園の敷地を、道路という組織によって変更させない大雑把さが、北海道らしいですね(^^)d