⭐THE LAST (16.1.20)


2011年に事務所辞めるとき
「次に出すアルバムは、自分の人生の中で最高傑作のものを出す。その感性を磨くために辞める」
みたいなこと言ったので、自分なりに重荷になってきて。

そもそも最高傑作って、社会の出来事と呼応して、後で評価されるもの。
アルバム作る時点でわからないじゃないですか。

曲はいっぱい出来ました。
アイタイは盤で、それ以外は配信シングルで。
いい曲をシングルで出して、それをアルバムに入れればいいんじゃないかと思って、プロデューサーに小林武史さんを迎えることに決定したんだけど..

前から指導者が欲しかったんです。
事務所辞めるまでプロデューサー見つからなかったけど。
いろんな人に相談する中で、一旦小林さんとやってみたらいいんじゃないか、と。

小林さんとは、オリンピックの曲(SalyuやCrystal Kayちゃんと歌った曲ですね)で仕事する機会があって。
(そんなご縁もあって)話したら「よし、やろう」

小林さんから、こんな提案がありました。

「6年ぶりのアルバムで最高傑作にするなら、青春POPSみたいなメロディアスで人なつこいのは作らなくていい。
スキャンダラスで事件性のあるものを、自分で嗅ぎ分けて作ってみて。
独立してから作ったものは、ひとつも入れなくていい。
アルバム1枚45分のトリップ。全部で1曲。
中毒性のあるものを」


続く