島原の乱は、圧政に苦しむ農民やキリシタンが領主に対して起こした一揆ですが、一部の歴史研究家(自称含む)は異なる見方をしています。
番組後半は、それを裏付けると同時に、衝撃の新事実が明かされています。


島原の乱の総大将は16歳の謎の美少年、天草四郎。
関ヶ原の戦で命を落とした小西行長殿の家臣、益田甚兵衛の子と言われていますが、詳しいことはわかっておりません。


(天草四郎メモリアルホールの展示では、牢人となった益田甚兵衛と地元農家の娘との間に出来た子、とあります)





島原と天草の農民、女、子どもが一揆軍となって原城に立て籠り、島原の乱が始まります。
幕府軍12万に対し、一揆軍は3万7千。
圧倒的に有利なはずの幕府軍は苦戦を強いられ、なんと大将板倉重政が討ち取られてしまいます。





それもそのはず。
一揆軍の中には、大坂の陣で真田幸村と共に戦った軍師・森宗意軒を始め、西の牢人が含まれていたのです。


一揆勃発から3ヶ月後、幕府最高の頭脳をもつ老中松平信綱は原城に赴き、目を疑うモノを見てしまいます。


そ、それは((( ;゚Д゚)))





豊臣一族の馬印である、金の逆さ瓢箪。





↓ちなみにこちらは秀吉公の馬印





続く