先ほど、某化粧品の注文で熊本のコールセンタに電話したついでに
熊本旅行の話をしてみました(^-^)



阿蘇と天草をまわったことを話したら
ずいぶんタイトな旅ですねぇ(^w^)
と笑ってまちた♪



天草は熊本市民でもあまり行かないらしいです



でも私には行く理由があった



謎の美少年・天草四郎に逢うため(⌒~⌒)



さかのぼること1614年



天草の領主・小西行長が関ケ原で討死した後
唐津領主・寺沢広高が入ったのですが



農民に実際の石高の2倍の年貢を課し
納められない農民にはノミ踊りと称して
ノミを着せて火をつけるといふ虐待を繰り返しました



禁教令、大凶作、厳しい年貢の取り立てに
追い詰められてゆく民



1637年、ある残虐な事件を機に民の怒りは爆発し
天草四郎を総大将にまず対岸の島原で
反乱を起こしたのです



禁教令が出たときママコス神父が
『25年後、16歳の天童が現れ、パライゾ(天国)が実現するであろう』
と預言していたこともあって



様々な奇跡を起こす天草四郎のもとに
農民が一致団結したんですねキラキラ



私は風の噂で
天草四郎は豊臣秀頼の子ども。。
って聞いてましたが



メモリアルホールのパンフレットなどの記述では
上天草の農家の娘と小西家の浪人の間に生まれた男児とあります



いずれにせよ
自由と平等を求めて戦い散った美少年は
今でも天草市民の誇りなのですキラキラ



余談ですが。。



メモリアルホールには天正遣欧少年使節団のコーナーがあります



私はむかしから
伊東マンショとか千々石(ちぢわ)ミゲルといふ名前を
教科書に見つけるたび
可笑しくて仕方ありませんでした



モヘンジョダロと並んで
笑いのツボ言葉(⌒~⌒)