正月まで何事もなく、サッカーやったり子供のソフトボールの練習に元気に付き合ったりしていた自分からはとても想像出来ない。
まさか自分が救急車で運ばれるなんて思いも寄らなかったし、救急車の中で身体が芯まで冷え込んで呼吸が荒くなる自分と闘っていた。
隊員の方が搬送先の病院を探すが、中々受け入れ先が見つからない。
その間更に病状が悪化し、両足が痙攣を始めて少しずつ意識が遠くなる感覚がしてきた。
やっと見つかった受け入れ先は自宅から少し遠い所だったが、無事に見つかったことに少し安堵しながら痛みと悪寒に耐えながら病院に到着した。
ー初めてだらけー
もう全然動けない状態になっていたので、担架から病院のベッドに転がるように移り、人生初の点滴を受けた。
その後に受けた全身のCT検査もまた人生初の経験だった。
CT検査結果は、右脚の脛の皮膚が少し壊死していて、あと少し遅かったら切断の可能性もあったと聞かされた。
唖然としたが少し冷静に考えると、もし2週間後の大学病院の予定日まで耐えてしまっていたら危なかったかもしれない。
復帰初日の今日、無理して倒れるまで働いてしまったが、周りの方々に助けてもらいながら今回ここに救急搬送されたことは、実は最短のルートなのではないか。
そう考えると、周りの方々の協力を得ながら今ここに辿り着けたのは運が良かったのかもと前向きに捉えている自分がいた。
この日は夜中中全身の激痛と興奮状態が続いていて、トータルで1時間も眠れないまま次の朝を迎えた。