宣言。一貫性なく語り散らかします。
今日はとても仕事が暇でした。許されるなら業務時間中に映画2本くらい見れたと思う。
普段は仕事の合間に数分ずつYAHOOのスポーツニュースをチェックして、就業時間内にその日の気になるニュースは大体見れるかなくらいなんだけど、今日はあっという間にサッカー情報チェックが終わってネットサーフィンをしていました。
多分仕事をしていたのは2時間くらいだと思う。(就業時間は9時~17時半)
Wikipediaは良い。何も考えずにネットサーフィンをしていると、会社の観覧制限に引っかかって画面に注意表示が出たりするけど(変なサイトじゃなくてもしばしば出る)Wikipediaではその心配がないし、幅広く色々な情報を調べることができる。知識欲は、大切。向上心はある。ただ仕事にはそのエネルギーは向けない。
まずシェイクスピアのページを見た。読書好きを公言しているわりにはこんなに有名で偉大な作家の本を読んだことがない俺。(以前リア王を読もうとして途中で飽きた)取りあえず4大悲劇のあらすじくらいはざっと見ておこう。。。読んだ。
感想「ふーん」
月並みである。やっぱり文学ってのは表現の美しさが大切なのだ。あらすじだけで感動するには、長生きしすぎたし、本を読み過ぎた。
恋人の死だとか親の死だとか復讐だとか、実際に起きたら凄いできごとなんだけれども、本や映画の世界ではあまりにありふれているので
「よくあることなんだから気にすんなよ」とか言いたくなる。
まぁ名文ってのは訳文になっても美しいものだと思うので、良い訳者のモノをちゃんと読めば楽しめるんだとは思うけれど。
俺の大好きなミュージシャンLou Reedはシェイクスピアが大好きで「ロックには制約があると言われるが、やりたいと思えばどんなことでも、やりたいようにできる。私はシェークスピアやジョイスのように人々に語りかけてくるアルバムの制作を目標としてきた」と発言しています。そんなこともあるのでそのうちちゃんと読もうと思います。まずはもっと休みをくれ!もしくは仕事中に小説を読ませろ!!
続いて好きな映画監督ビリー・ワイルダーのページを観覧。マリリン・モンローのスカートがヒラヒラする「7年目の浮気」だったり、同じくモンローの歌うI Wanna Be Loved By Youが有名な「お熱いのがお好き」あたりが代表作です。
7年目の浮気の有名なシーン↓
お熱いのがお好きの有名な歌。多分みんな聴いたことがあると思う。
https://www.youtube.com/watch?v=72QmDZ8QPHA
で、一時期ハマってワイルダー作品を立て続けに観ていたんだけど、あらためてWikipediaでまとまった情報を見てみると、思ってた以上に多作ですね。俺が観たのなんてごく一部、代表作だけ。(7~8作くらいかな)
世間で評価されているものよりも、そうでもない作品の方が個人的に好きなんてのはザラなので、他の作品も観てみたいという衝動、というかもはや使命感に近い感情が沸々とわいてきました。あとその前に昔見たもので特に気に入っているものはもう一度見直したい。忙しい。
で、ワイルダーのページを見て気になった点が一つ。レイモンド・チャンドラーと一緒に映画作ってますね。
チャンドラーも好きな小説家で、全作(多分)読んでます。代表作は「ロング・グッバイ」
好きと好きのコラボなのでこれは見逃せない...けれども、ワイルダーとチャンドラーはそりが合わなかったらしく、
共作中に揉めて不仲になったとか。まぁわからんでもない。そもそもなぜ共作したんだと思うくらいに作風が違う。
揉めてしまったことを考えると良い作品はできなかったのかなぁ。。。
日頃から「流行っているものをおっかけるより、自分の好きな人(監督、作家、ミュージシャン)がお薦めしているものから探した方が当たりに出会える可能性が近い。通じるものがあるから」と豪語している俺だけど、好きなクリエイター同士の仲が悪いことは珍しくない。
あいつら妙なこだわりがある奴ばっかりだし。
バロウズをはじめとするビートニク連中とブコウスキー先生は犬猿の仲だし、太宰治と中原中也は下らない喧嘩をしている。
あとはカート・コバーンのジョン・レノンに対する「尻を出して、殴られろ」の発言とか。(これ大好き)※
ただの「殴られろ」に対して「尻を出して」の一言を加えるだけで凄くユーモラスになる。なんて温かい。。。
機会があったら俺も使ってみようと思っている表現である。
※カート・コバーンが有名になったころジョン・レノンは既に他界しているため、直接言ったことではありません。
あと基本的にカートはジョンのことが大好きですが、戦争についての考えだけは決定的に違っていたらしく、
それについてはと前置きしたうえでのジョンへの悪口です。ジョンは人類全体への愛を訴え、誰もが幸せになれると
歌っていますが、カートは
「どうしたって分かり合えないような奴はいるので、どうしようもない悪人はサッサとぶっ殺してしまえ」という 考えだった。
さて、ここまで書き散らかして思ったこと。やっぱりファンは良いけど信者はダメだ。
あまりに熱狂的になると、その人の言うことはすべて正しいみたいな領域に達してしまう。
どれだけ好きで尊敬できる対象があったとしても、自分の感性は大事に、常に頭は働かせていたい。
自分の頭で考えなくなった信者がウジャウジャ現れたときに、タチの悪い独裁者が誕生し、そこから悲劇が生まれるから。
あと、某大好きだったミュージシャンが最近ダサい曲作りまくってるのは何でも称賛する信者たちのせいだと思っている。
嗚呼、悲しいね。
サッカーでいう酷い試合をした時にサポーターがブーイングをする文化が、芸術関連では根付いていないと思う。少なくとも日本では。
自分で考えて、物おじせずにNOを言おう。
さて、明日もきっと仕事は暇だ。いいご身分じゃないか。
でも会社には行きたくない。会社であるという時点でもう駄目なのだ。思考は停止している。
でもそれでいい。少なくとも俺は信者ではないし、いつでもNOを言う準備だけはできている。
