大学生の頃から社会人始めの数年間、わりと映画が好きだった。週に3本くらいは観ていたと思う。

一時は自分で映画を作りたいとも思っていた。脚本であれ、俳優であれ、どちらにせよ自分にはやれるんじゃないかと。(中二病ってやつ)

 サラリーマンになって数年、仕事の大半はデスクワークで座りっぱなし。ブルーライトで目も痛くなり、ここ数年は殆ど映画を観なくなってしまっていたのだけれど、去年部署が変わってからは仕事の量が減り、業務割合的には紙ベースが増えたため、目の痛みはかなり和らいできた。これならまた映画も観れそうだし、これからはたまに映画の感想などブログに載せてみるのも楽しいかもしれない。

 

 さて、どんな映画が好きか。映画に何を求めるか。僕の場合はいくつかに分類できる。

まずは純粋に話として面白いモノ。こんな展開になるとは思わなかった!物凄いどんでん返し!ってな具合だ。ミステリー好きな人たちが取りつかれている、欺かれることの快感。この手の作品で好きなのは、ビリー・ワイルダー監督の作品だ。綺麗に張られた伏線や、シリアスな展開とユーモアの融合。「恋人よ帰れわが胸に」だったり、「アパートの鍵貸します」だったり。多分映画の楽しみ方として一番王道なのがこれだと思う。

 

 次に雰囲気。これに賛同してくれる人はやや少数派かとも思うけれど、正直話の筋なんかどうだってよいと思うことが多々ある。景色が綺麗で、それに合った音楽が流れている。出てくる人物のセリフや立ち振る舞い、服装がカッコいい。そういった雰囲気で酔わせてくれるなら、物語の起承転結なんてなくたっていい。そういう映画を作る代表的な監督がヴィム・ヴェンダースだ。「都会のアリス」のサントラCDが発売されていないのは犯罪に近い。「さすらい」なんて雰囲気に酔う楽しさを知らない人間が見たら三分で寝るだろう。拷問に近い。

 雰囲気と言えばギャングモノやアクションものも結構好きだ。ただこれに関しては色々言いたいことがある。つまらないものは本当につまらない。派手なアクションや大掛かりなセット、スケールのデカい話を用意すればそれでよいと思っている作り手が多いのだ。つまらないアクション映画は本当につまらない。

この手の映画で一番面白いのはマーティン・スコセッシ。特にロバート・デニーロ主演のものがよい。人物がよく描かれていると思う。

 

さて、分類分けが思っていた以上に書いていてつまらないので方向転換する。

 

じゃー自分はどんな映画が作りたかったのか(すでにあんまり作りたいとは思わなくなった)

やりたかったテーマがある。それは

「思考を言語化しない」

はい?それってどういうこと?説明しましょう。

貴方は猿です。猿だったとします。目の前に林檎があります。バナナもあります。

きっと猿には林檎とバナナの区別はついていることでしょう。猿は林檎という言葉もバナナという言葉も知りません。でも区別はできています。

それに対して我々人間。林檎とバナナは食べたことがあるし、言葉としても知っています。

しかし、目の前の林檎とバナナを区別するときに、林檎・バナナという言葉を使わずに区別できますか。頭の中で林檎・バナナという言葉を使わずにはいられないでしょう。人間は言葉を開発することで色々なものを得るのと同時に、何かを失ったのではないでしょうか。人間は林檎とバナナの区別をつけるだけでなく、他にも色々なことを考えて生きていきます。その際、言語を仲介せずに物事を考えること。それが「思考を言語化しない」ということです。

 

で、なんでそんなテーマで映画が作りたいの?そんなことできんの?それの何が楽しいの?

色々突っ込まれそうですが、答えがあるのは最初の問いい対してだけです。

「生きているのが、辛いから」

人生は辛い。老いる、病気になる、死ぬ。嫌なことがいっぱいある。何のために生きているのか?等々、生きている限りは逃れられない苦しみが多々ある。消滅して二度とって輪廻転生しなくてよい。生きなくてもよい。れこそが幸せ。ってのは仏教的な考え方ですが、(仏教の世界観が好きなんです)そういう苦しみの多くは言葉を持っていることから生まれているのではないでしょうか。一時的にせよ思考から言語を分離させることで、何か得られるものがあるのではないのか。それは仏教でいう悟りのようなもので、釈迦やキリストのようにぶっ飛んだ、イッちゃってる人間になることで幸せにことなのかもしれないし、サウナ入ってビール飲んだ後のようなささやかな快感かもしれない。よくわからない。

ただ自分はそういう状態(言語化せずに思考している状態)がどんなものなのか興味があるし、一時的にせよそうなってみたいと思っている。(クスリでラリッってるのってそんな感じなのかなぁ)

そしてその状態について誰かに伝えるツールが何かって言ったら、本ではできないですよね。

言語を使わずに五感に訴えてなにかを伝えるツールと言えば...映画なのかなぁと。

 

もしも人生やる気に満ち溢れたり、なんだかスピリチュアルな気持ちになったらまたやる気が出てきて映画を作りたいとか思うかもね。

でもそんな映画が人気出るような世の中は嫌だなぁ。