結構前にフランスかどこかで、禅パスタなる物が人気を集めている。というテレビを見ました。
実際は乾燥したしらたきなのですが、頭の片隅にずっと残っていて、つい最近実際に作ってみました。
自分はパスタは好きなのでいつも自分で食べる時は500グラム位一回で食べます。
それに比べるとしらたき一袋だとイマイチ物足りない感じだったのですが、実際は意外に満腹感もあってこれなら続けられそうな感じです。
気温も高くなり始めるとダイエットが最盛期を迎えます。
この言葉の響きですが、自分は痩せると言われるとあまりやる気が起きません。
格闘技では減量が必ず付いて回りますが、この言葉も自分は嫌なのです。
その中で、絞るという言葉はそうでも無いことが最近わかりました。
実際は痩せるも減量も絞るも行動的には同じです。
痩せるは何となく制限が多そうで、減量はヘロヘロな中で激しい練習をしなければならない上、あまり食事が楽しめず、最悪水も飲めなくなります。
たまに身体を絞りこむという言葉が出てきますが、これは今持っている資源から優先的に使って行って、適正な在庫状況に整えるという印象を個人的に受けています。
なので絞るだと他の言葉のように響きから重圧感を感じにくいのです。
この響きというのは重要だと思っていて例え同じ行動でも、それを表現する言葉が違えば抱く印象やイメージも変わってきます。
その時点で求める結果に対してのスタートの仕方が変わるため、結果として出てくるものにも違いが生じます。
例えば痩せるために走ると身体を絞るために走ってみる。だと全然響きが違うと思うのです。
こうして自分にかかる重圧感や、その中で取るべき行動に対する姿勢が変わって来るわけです。
自分に厳しい甘いと言いますが、どちらかというと自分が受け入れられる言葉に変えれば、起こすべき行動に対する積極性が変わります。
あえて厳しい響きを使う機会もあれば甘くする必要もある。
その程よい加減が今の段階で受け入れられる言葉だとおもうのです、
