ズレてゆく | THROUGH MY FINDER

ズレてゆく

さてと、僕は仕事に取りかかる。ICレコーダーを再生させて、文字に起こす作業。
一字一句その通りに、会話を文字に起こすのだ。話し相手の様子も、たとえば、
躊躇いであったり、焦りであったり、恥ずかしさなんかも、できる限り文字にする。
僕のその時の心境も、包み隠さず、文字にする。
 文字にし終わったとき、僕と彼女の会話はこの小さく薄っぺらいコンピュータの
中にすっぽりと収まってしまい、僕自身もコンピュータの中に閉じ込められた様な
気分に陥る。セキュリティは万全のこのコンピュータの中で現時点の僕が平たいデ
ィスクの微小な傷として刻まれているのだ。
 人の記憶は確かではない、確かではない為に僕はこうやってデータとして僕の
気持ち、他人の気持ちを書き残している。そしていつでも、パスワードを入力す
ればその気持ちを参照する事ができる。そのデータはオリジナルとして物理的に
存在しうる限る残す。明日になれば、僕はそのデータを参照して、何か新しく
上書きしうるものに気付けばそれを上書きしていく。
 こういった作業を僕は、この半年ばかりずっと続けている。その中には三人の
他人と僕の会話が記されている。一人は中年のサラリーマンであり、一人は僕と
同じくらいの歳の女性、一人は僕よりも十も年下の女性だ。インタビューは週に
一回は行う為に、日々僕の記憶とオリジナルのデータとの差異は増えていく。感
じるものも変わっていく為に、日々の作業は週ごと増える事になる。机に向かう
時間が増していく。この作業の終着点は僕の作業をこなすキャパシティーを越えた
時にしようと思っていて、それまでは根気よくこの作業を続ける。
 この事によって僕が得るものは何か、作業が終わったときに判断する事にしよう。
ただ、僕は直感にのみによって動かされている。苦痛ではない。