泥とジーンズ | THROUGH MY FINDER

泥とジーンズ

わたしは自分の髪を編みながら鏡に向かっている。佐竹という男性と午後に合いに行く。名目上はアルバイトだ。何をするかというと簡単なインタビューに答え るのだと彼は言う。わたしは夏の旅行の為にまとまったお金を貯める必要があった。アルバイト情報誌に日給2万という高額のバイトとして募集されていた。わ たしは怪しくも思ったけれど、早急にお金が必要だったし、そのバイトに真っ先に応募した。応募にあたり、「土」について文章を4000字以上で提出する事とあって、わたしは「泥とジーンズ」という題名で簡単なエッセーを書いて提出した。内容は沖縄に行ったときに泥のついたジーンズが物干竿に吊るされていた事に関するわたしの思い出に関する事だった。

危険な目だけに遭わないようにインタビューは公の場所で行うという約束をしてもらった。佐竹という男性はよく日に焼けていて、髪を短く刈り込んでいた。彼の指は皮が分厚くごつごつとしていた。

「こんにちは。どうもありがとう。何でも好きなもの頼んでいいよ。」
わたしは軽く会釈して、じゃぁ、オレンジジュースをと言った。
「パフェとか、でもいいんだよ。」
この人、おっさんかしら、未だに若い女はパフェが好きだという固定観念を持っているのかと思った。
「いえ、いいです。」とわたしは言った。
「今日はさ、初回だから。お互いの自己紹介のような感じになると思うんだけど。宜しくお願いします。」
「はい。宜しくお願いします。」
彼はICレコーダーを茶色い革の鞄から取り出した。果たしてこの人は何をしているひとなのか、それは応募の際も一切わたしには伝えられてはいない。
ウェーターがオレンジジュースとアイスコーヒーを持ってテーブルにやって来た。彼はフレッシュとシロップはいらないと言ってウェーターがテーブルにそれを置こうとするのを断った。ウェーターは形骸化した微笑みと会釈をして奥へ消えた。彼はICレコーダーのスイッチを入れ話しだした。
「僕ね、農業をしてるんですよ。」
「ああぁ、だから土についてなんだ・・・」とわたしはぼそっと言った。
「それで、月刊で農業のwebマガジンを配信しててね、若者の農業に対する意識調査というか、調査というほど大それたものではないんだけど、それを記事として配信する事になったんだ。それで、結構な応募をもらったんだけど、君の「泥とジーンズ」に僕は感銘を受けてね。君を採用する事にしたんだ。」
「そういうことだったんですか。正直高額なバイトだし、あやしいとおもっていたんです。失礼ですけど。」
「だよね、そうだよね。高額なのは人をひきつける為でね。僕もお金に困ってる訳ではないから、それぐらい払ってもいいかなと思ったんだよ。正直、「泥とジーンズ」みたいな感性を持っている君にならそれを払ってもあまりあると思ってるよ。ほんとうに。」
わたしはまだこのバイトについて疑いがはれた訳ではない、わたし自身はとても用心深い人間だから、人の事は容易く信じない。注意が必要だってことはわかっている。
「はぁ、ありがとうございます。」
「なにか農業の体験って言うものはあるの?」
「わたしの実家は田舎でコンビニなんかも無い様なところで、小さい頃はずっと手伝っていました。今は東京で一人で暮らしているのでなかなか土に触れる事もありませんけど。いつかは実家でスイカやトマトを作りたいと思ってるんです。
「なるほどね、経験が無いとあの文章は書けないよね。いい志だね。僕も土に触れていないと、生きている気がしない人間でね。」彼はそういって、日に焼けたかをしわくちゃにして笑った。
「田舎の生活ってどんな感じだった?都会での今の生活に比べて。」
「のんびりしていましたね、こう、ドラム缶に一滴一滴水滴がたまっていくのを眺めている様な時間がありました。」
「嫌な部分とかは無かった?やっぱり女の子だしおしゃれとかそういうのには不都合でしょ。」
「わたしは特に物欲があったり新しいものに興味がある訳でもないのでそこまで強くはなかったですけど、あえて言うのであれば人の目かもしれませんね。」
「人の目?」
「都会じゃ、周りの人間はバックグランドでしかありません、立ち並んだビル街と同じように、それは寂れた背景の一部分でしかないんです。それはそれで寂しい事なんですが。田舎では村のだれもがバックグランドだけでは収まらないんです、底には陰険なものもありますし、何よりも強いのは嫉妬心です。わたしが東京の大学に進学する事も、村の人は口ではすごいとか立派ねとか言っていても。本当は嫉妬している。そして何か悪い事がおこらないかとギラギラと目をひからせているんです。そういうところは田舎の嫌らしい部分です。」
「そうだね。そういう部分はあるよね。僕は、正確に言うと僕たちは今村をあたらしい作ろうとしているんだ。古い慣習と、そういったいやらしさを排斥できるような新しい村を。」
「そうなんですか、うまくイメージできませんし。どうやってそれを作るのか方法もおもいうかばないんですけど。ちょっと宗教的なあやうさを感じちゃいます。」
「そうだよね、たしかにそうなんだ。それで僕たちは日々足掻いて前へ進もうとしてるんだ。」
「大変そうですね。」
そこで彼の携帯電話がなった。彼はちょっとごめんと言って電話に出た。彼は険しい顔つきになった。
何やら問題でも起きたのだろうか。
「ちょっとややこしいことが起こってしまったから今日はこれまでにします。ありがとう。ちょっと早急に帰らなければ行けなくなってしまって。」
彼は拉げていた帽子を深々とかぶって、レシートをレジまで持っていった。
彼はレジに言ったかと思えば、また戻って来た。
「今日のお給料」
といって銀行の封筒をわたしに手渡した。わたしは中身を見る事を躊躇したが、彼が確かめてというので中身を確かめた。中には十万円入っていた。
「ちょちょっと多すぎますよ。」
「前払いだよ。これからもよろしく。」といって慌てて店を出て行った。わたしは置き去りのままで。

彼は目がすっぽり隠れるくらいに深々と帽子をかぶって出て行った。なにかから逃げているのかしら。