前回につづき・・・その3突入してしまうのである・・・
何も書くことが無いからではないが・・・勢いでつづけるのだ~~~
震災を通じて、色んな人々、色んな価値観の対立、色んな極限での行動を見てきたと思うが・・・そこで、生きる事とは何ぞや・・・等という、なんと哲学的な命題にぶち当たったのである・・・
人間は、水と空気があれば体外の物は作れるし・・・不自由ではなく・・・とは行かないが、生活の原点は確保することが出来る・・・
それは頭で理解はしているが、体感として感じることが出来る人は少ないだろう・・・
実体験を経験したことがある人のみが感じられることかもしれない・・・
ナマケモノの私が震災に遭い、運よく生き残ってこられた・・・それも住居はそのまま被害が無く、食事も最初の1週間はひもじい思いもしたが、なんとか、周囲の人々の助けにより生きてこられたのである・・・最大に運の良いほうである・・・
仮設住宅の人々も生き残れたし、その人々は故人レベルでは色んな問題を抱えて生きていたとは思うが生き残れたという意味では、そこそこ運が良かったと言えると思われる・・・
人間はどのような形であれ、生きる事自体が仕事であり、生きる事を子孫につなげることを連綿と繰り返すことこそが、宇宙誕生以来の唯一無二の仕事なのであるのだから・・・
これが震災を通じて、人間を含め生きている生物の何故いきているのかという・・・私が出した回答であった・・・今でも変わっていない・・・
生命誕生から備わっている動物の生存本能こそが、生きるものの原点であり、宇宙の意思の現れであると考える・・・
そのような、人間が生きる臨界点で考えるならば、水と空気、それと生存本能があれば人間としては立派な生きる条件を授かっているといえるだろう・・・
タマニ、自らの生命を断つ人間がいるが、種が増えすぎての自然淘汰か、或いは環境による突然変異種が出現したのだと考える・・・いや、考えることにしている・・・
こんな小難しい話、散漫でまとまりの無い話は今回までとして、次回あたりからエンタメ系でも書こう等と考えているナマケモであった・・・
何も書くことが無いからではないが・・・勢いでつづけるのだ~~~
震災を通じて、色んな人々、色んな価値観の対立、色んな極限での行動を見てきたと思うが・・・そこで、生きる事とは何ぞや・・・等という、なんと哲学的な命題にぶち当たったのである・・・
人間は、水と空気があれば体外の物は作れるし・・・不自由ではなく・・・とは行かないが、生活の原点は確保することが出来る・・・
それは頭で理解はしているが、体感として感じることが出来る人は少ないだろう・・・
実体験を経験したことがある人のみが感じられることかもしれない・・・
ナマケモノの私が震災に遭い、運よく生き残ってこられた・・・それも住居はそのまま被害が無く、食事も最初の1週間はひもじい思いもしたが、なんとか、周囲の人々の助けにより生きてこられたのである・・・最大に運の良いほうである・・・
仮設住宅の人々も生き残れたし、その人々は故人レベルでは色んな問題を抱えて生きていたとは思うが生き残れたという意味では、そこそこ運が良かったと言えると思われる・・・
人間はどのような形であれ、生きる事自体が仕事であり、生きる事を子孫につなげることを連綿と繰り返すことこそが、宇宙誕生以来の唯一無二の仕事なのであるのだから・・・
これが震災を通じて、人間を含め生きている生物の何故いきているのかという・・・私が出した回答であった・・・今でも変わっていない・・・
生命誕生から備わっている動物の生存本能こそが、生きるものの原点であり、宇宙の意思の現れであると考える・・・
そのような、人間が生きる臨界点で考えるならば、水と空気、それと生存本能があれば人間としては立派な生きる条件を授かっているといえるだろう・・・
タマニ、自らの生命を断つ人間がいるが、種が増えすぎての自然淘汰か、或いは環境による突然変異種が出現したのだと考える・・・いや、考えることにしている・・・
こんな小難しい話、散漫でまとまりの無い話は今回までとして、次回あたりからエンタメ系でも書こう等と考えているナマケモであった・・・