週末、愛知県名古屋市の中心街でお仕事。

そのお仕事の合間に、ホール周辺を探索。



なんだか未来都市的ロケーションの建築物。
「オアシス21」と呼ばれている。
散歩してみたが、何のことはない、
実は多目的広場とBUSステーションなんやけど、
複雑なひねりの通路が多く、
道を渡ればすぐそこなのにってところへ、なかなか行けない。

迷惑。

この空間、居心地も良くないし、好きになれそうもない。

広場では、へんなおっさんが風船芸で客寄せしていたが、
芸人の悲哀感に居た堪れなかった。


で、あちこち大回りして、やっとたどり着いたのが、
愛知県芸術劇場と愛知県美術館が同居する、
愛知県芸術センター。
いまだクリーンなイメージになれない、例の汚職の殿堂ね。

で、この愛知県美術館で、
日本画家「片岡球子」の生誕110年を記念した、
大回顧展が開催されてた。

公式HPはこちら



片岡球子生誕110年って謳ってるけど、
この画家、103才まで生きた方。
文化勲章受章者で、絵を目にしたことがある人も多いと思う。
都営地下鉄大江戸線、築地市場駅構内に設置されてる陶板壁画とかね・・・。

とっても小柄で華奢に見える方なんだけど、
絵は壮絶、猛烈、熾烈・・・・。すんごい。
その身体のどこにそんなすんごい力が秘めているのか。

絵のために結婚話を断って、
生涯独身を貫いて、
まさに絵一筋の人生を歩んだ努力家の日本画家。

その強く厳しい意志が、大画面に爆発してる。

とても真似は出来ないし、誰も追随を許さない気迫の人。

これは図録の表紙。

図録の中身の一部。

この回顧展、たくさんの作品が並んでいるけど、
わたしのお目当てはスケッチブック。
じつは昔からこの画家の絵はたくさん観てきたんだけど、
スケッチを見たことがなかった。
今回、お披露目されている。

で、そのスケッチを観て、また驚き。
本画は豪快でダイナミックなんだけど、
スケッチの線はとても繊細。

色使いはとても個性的で強烈なんだけど、線が美しい。

牡丹や薔薇もいいが、能や歌舞伎を取材した際の素描や、
着物の文様の写しなんて、とても繊細な線。

20代の頃に描かれた、
院展初出品作「枇杷」の中に描かれているカタツムリが最高。
手で掴みたくなる。

みとれてしまった。

「火山」、「雅楽」、「面構」、「富士山」、「ポーズ(裸婦)」・・・
ひとつの題材を、繰り返し繰り返し追求していく粘り強さに感服。

時代を追うごとに、才能が開花していく変遷を目の当りに出来る。
「カタストロフィ的開花」と命名したくなるような、驚きの偏移。

この画家の絵を観るたびに、
人と同じことをしなくても良いんだ、自分は自分で良いんだ!
と、勇気をもらえます。


さて、と・・・・。


ここまでこの画家のことを、一観客的に書いてきたけど、
実はわたし、純粋な鑑賞者ではにゃい。
なんで仕事サボってまで(サボってない、サボってない)
わざわざこの展覧会に足を運んだかと言うと、
この画家、片岡球子さん、
わたしの先生でした。

だから、「この画家」とか「片岡球子さん」ではなく、
球子先生なんです。
画学生時代、クラス仲間の間では、
敬愛と親しみの意味も込めて「たまちゃん」と呼んでました。
もちろん先生に面と向かって、そんな風に呼んだりしませんでしたけど。

私たちが教えていただいた頃は、
先生は美術学部日本画専攻の名誉教授に就き、
すでに随分のご高齢でしたが、
とっても気丈で、
名だたる日本画家の気鋭たちをお供に従えながら、
私たちの教室に足を運んでくれました。

その指導はとても厳しくて、
先生の人生を賭した画家としての真面目さに、
アトリエはいつも緊張感で一杯でした。

お供の軍団は、
日本画家界では有名な錚々たる顔ぶればかりでしたが、
球子先生にとっては「おこちゃま」みたいな感じ。
緊張感の中でも、なんだか微笑ましい光景でした。

先生は口癖のように、
「あなたたちは私の子供です。」
と、いつも真剣に語りかけてくれました。
先生は独身を貫いてまで画家修業の道を歩まれましたが、
先生にはたくさんの子供たちがいて、
いつもとっても賑やかだったんでしょうね。

先生からは「芸術」、「創造」の世界の厳しさを教えてもらいました。
ものづくりは自分との戦いなんだと言うことを叩き込まれました。
誰でも出来ることは誰かに任せておけばいい。
自分にしか出来ないことを、地道に続けていくことが大切なんだと・・・。

忘れかけていた画学生時代の記憶が一気によみがえり、
このままずっと先生の絵に囲まれていたい、と思いましたが、
後ろ髪引かれる思いで会場をあとにして、
お仕事に戻りました。

「片岡球子展」は愛知県美術館で7月26日まで。
近隣の方も遠方の方も是非!