思い切ったタイトルですね。

でもこの日のことは時々思い出して、忘れないようにしています。

 

それは1997年2月のことです。
当時、私は会社経営をしていて従業員を雇用していました。その中で非常に頭はいいけど要領ががよく、自分のことをいつも正当化する幹部がいました。いつもずるく立ち回りみんなから嫌われているのですが、頭が良くいつもうまい言い訳を用意しているそんな人間でした。「恐怖やあるべき論」で人を支配するタイプです。

 

そんな幹部の彼と「働く意味」について話すことがありました。

 

「お金」なのか「それ以外の何か」なのかということになりましたが、彼独特の論調で答えを出すことを避けているようでした。

 

そんな時、島根県沖で重油を積んだナホトカ号が座礁し福井県三国に重油が流れ着き甚大な被害が出て、ボランティアの人が作業をしているニュースを見ました。

雪の中で砂浜に埋まった重油を掘り出す作業

 

私は彼に言いました「福井に行って無償で働いてみてはどうか」と。彼は考えてみるとの答えでした。一日彼を観察していましたが行く様子はありません。

 

私は当時大きな4輪駆動車に乗っていましたので、翌朝車に布団、鍋、カセットコンロ、インスタントラーメンなどを積み込み、福井県三国市に向かいました。

 

向かっている途中、彼から電話がありました。「出社してないようですが社長は今どこにいますか?」。「今ね、静岡にいる」

 

「俺は働く意味を見つけに福井に行ってくる」と答えました。

「今確かなことは、君はそこに座ってて、俺は福井に向かっているということだ」と彼に言ったことを鮮明に覚えています。なぜなら彼は口だけで何も行動しない人間だったことを気づかせようとしたからです。

 

到着してすぐに一日目の作業開始。

海に浮かんだ重油をすくい、バケツリレーで岸にあげ、ドラム缶にあけてから空のバケツが海で作業する人たちのところにおりてくる。

私は、重いバケツを岸まで上げる場所にいました。

 

そこで気づいたんです世の中の仕組みに。

 

力があり体力もある若い人が海に入り、その次に力のある人が重いバケツを運びドラム缶にあける。力のない人が空のバケツを下げてきて力のある人に渡す。これが世の中なんだと、力のある人もない人も全員が貢献している。ここに世の中の縮図があるんだと、そう感じました。

 

そして、お昼ごはんのおにぎり。

 

そのおにぎりをみんなのためににぎってきてくれたのは、バケツさえ運べないし、2月の極寒の砂浜で作業などできないお年寄りだったんです。

 

やっとわかった、世の中はこうなっているんだ。

泣きながらおにぎりを食べた、そんな貴重な体験をしました。

 

その晩は車の中でインスタントラーメンを食べて車中泊。

 

2日目

雪の降る海岸で砂に埋まった重油を掘り出して缶に溜める作業担当。座って作業で体を動かさないのでとにかく寒い。

やめたい、帰りたいそればかり考えていました。

午前の作業が終了した時、責任者の人が「みなさんの体が心配ですので、今日の作業はこれで終了にします」とのこと。

途中でやめなくてよかったという達成感と人生おける自分の役割を深く心に刻み、東京に戻りました。

   

  

砂に埋まった重油掘り

 

 

その後しばらくして、彼がお客さんからのクレームに幹部でありながらその責任は果たさず逃げたことで即刻解雇しています。

幹部であろうが間違っていることに対して毅然と対処しないといけません。現場の人間や部下は彼を信用していないのは明白でそんな人間が幹部であってはいけないのです。その価値観がないとまともな人間が会社やグループから抜けていきます。組織から人が抜けていくのは当然のことですが「どんな人が抜けていくか」重要なんです。もしも、まともな人が抜けていくようならその組織は間違った価値観やルールに侵されています。だから、会社や組織のトップがもっとも関心を持たなければいけないことです。腐った価値観の人間が残りたい組織がどうなるのかは誰が考えても崩壊していくか独裁的な組織になっていきます。まともな人はそういうことに敏感ですから。そんな組織では社会に貢献できることは当然ないです。


社長やトップの価値観が歪んでいるせいで嫌な思いをしている人がたくさんいます。大きな意味では今の日本という国もそうですね。

 

そんな体験や価値観があって私の想いや行動が作られています。

常に人に貢献するということを忘れずに「覚悟を持って淡々と」です。