普通選挙ってそんなにいいものか? | 安濃爾鱒のノート

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なんというか、私の「ノート」です。

 今、香港で、学生たちが普通選挙 (:【英】universal suffrage【西】sufragio universal【仏】suffrage universel【独】Allgemeines Wahlrecht )を求めてデモを行っている。
 しかし、普通選挙って はたして そんなにいいものなのだろうか?

 

 México では、1990年代まで、普通選挙が行われていなかった。

 

 事実上 PRI(Partido Revolucionario Institucional) という政党の候補者しか立候補できないという制限された選挙制度であった。
 この PRI という政党は、右から左までごちゃまぜの奇怪で巨大な団体で、唯一の特徴は、反米政策を採らないという点だけだった。

 

 もし México でこういう制限された選挙制度を採らず、完全な普通選挙を行っておれば、過激な反米政策を主張する奴が大統領に当選してしまっただろう。

 

 そうなれば、México はもう終わりだ。
 地球上に México という国は無くなってしまっていただろう。
 米国は、米国のすぐ南隣に 露骨に反米を唱える国が存在することを許さない。

 

 それが実際に起きたのが、パナマのノリエガ(Manuel Antonio Noriega Moreno)政権だ。

 

 私が、México に居た 1989年、米国は、パナマのノリエガ政権を倒すためにパナマ侵攻を行っている。
ノリエガは、反米アジ演説でパナマ国民の人心を掌握し権力を得て、更に、大統領就任後は国民の人気取りの為に次々と過激な反米政策を取り続けた。
 米国はこれに怒り、1989年ブッシュ大統領(George Herbert Walker Bush、第41代大統領、親父の方)は、軍事介入を決意、1989年12月20日、パナマ侵攻を実行する。
 米国は、パナマ侵攻に際し、自国の兵士の損害を減らすため、上陸前にパナマ都市部へ大量の空爆・艦砲射撃を行った。
 これで、沢山の一般市民が死んでいる。

 

 普通選挙は民主主義の根幹であり、米国は自由と民主主義の教祖のつもりの筈なのに、米国の直ぐ南の México で長い間普通選挙が行わわれていなかったのに、米国はそれに干渉しなかった。

 

 México にいて米国のパナマ侵攻のニュースを見た後、私は、1990年1月、Perú の Iquitos というアマゾンジャングルの中の陸の孤島の街にあった開拓公団の情報統計局に着任したのだが、この 1990年の前半、Perú は大変な経済危機にあった。

 

 当時の大統領、アラン・ガルシア(Alan Gabriel Ludwig García Pérez) が、大統領選挙での選挙公約で、外国からの借金を踏み倒すと宣言。
 この Perú 国民向けの人気取り公約のおかげて彼は大統領に当選したが、Perú はこれで国際金融市場で信頼を失い、外国から新規に金を借りることができなくなり、大変な経済危機に陥っていた。
 年 7000% 以上という大変なインフレが起きた。
 一夜明けたらすべての物価が10倍以上という日もあった。
 このあと、日系人のアルベルトフジモリ氏(Alberto Kenya Fujimori Fujimori 藤森謙也)が次の大統領に当選した。

 

 今、香港で、学生たちが普通選挙を求めてデモを行っている。

 

 もし、かれらの要求が通って、香港で完全な普通選挙が行われるようになれば、次は、中国本土で、普通選挙が行われるようになるだろう。

 

 今、もし、中国で、
  誰でも自由に立候補できて
  誰でも自由に投票できる
  完全な普通選挙
を行えば、
  「私が当選すれば、
   台湾・日・米と戦争をして
   台湾、釣魚島(:尖閣のこと)、沖縄を取り戻す。
   ロシアとも戦争をして沿海州を取り戻す。
   フィリピン・ベトナムとも戦争をして、南シナ海の領海を守る」
などという過激な公約を掲げる候補者が当選するのではないだろうか。
 
 今、中国が民主化されれば中国関連の多くの問題が解決する、かのような話をしている人がいるが、そうだろうか?
 昔、私が30歳になるまでは米ソ冷戦時代で、米ソ間の冷戦が終われば世界は平和になるかのような話をよく聞いたものだったが、実際には、米ソ冷戦が終わっても、世界は平和にはならなかった。
 

             杉浦 憲二 (Sugíura Kenji)