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さて、下田市内と海中水族館の間くらいにある磯料理・辻さんを出て、徒歩約5分。
ペリー上陸の地に到着。

今回は歴史が苦手な人たちがいるので、幕末の歴史をペリー来航から順番に歩いて行くことにした。
最も自分だって、ここ数ヶ月で詰め込んだ知識だけど、ね。

ちなみに幕末とは…ベリー来航の1853年(下田に来たのは1854年)から、1868年の明治維新までの15年をさす。開国と明治維新がイコールであるような錯覚もあるけど、結構長い動乱期がある。
その間、桜田門外の変があったり…、坂本龍馬が暗殺されたり…ね。

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かつては港町の遊郭街だっというペリーロードを経て、下田条約が結ばれた了仙寺へ。
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そこから駅の方まで歩いて戻り、途中、稲田寺に立ち寄る。
ここには「つなみ塚」と、唐人お吉の恋人・鶴松の墓がある。
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ペリーが去った後、直ちに初のアメリカ総領事ハリスが来た…というイメージも強かったが、ハリスが来たのは2年後。

その間、というかペリーが帰った直後、安政東海大地震の津波により、この下田は一度ほぼ全滅している。稲田寺のつなみ塚は、その供養のために建立されたものだ。

駅前まで戻ると、ちょうどいい具合にバスがあったので、バスで柿崎の玉泉寺方面に向かう。

玉泉寺は言わずと知れた、初のアメリカ総領事館が置かれた場所。ハリスとオランダ人通訳ヒュースケンが3年近く住んだ。

本来、市内エリアに置かれるはずだった領事館が、少し離れた柿崎の玉泉寺に置かれたのは、津波で街が復興していなかったためだ。

巨大津波から2年…という実感は、今の日本人には身近に感じられることだろう。

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玉泉寺までは下田駅前からバスで10分程度。ただし、バスは1時間に1本しかない。
最寄りのバス停・三嶋神社で降りると、そこには吉田松陰先生像が。

そこから徒歩5分。玉泉寺に入ると本堂が開いていて、ハリスが住んでた部屋を覗くことができた。
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続いて、ハリス記念館を見た後、ペリー艦隊の水兵たちの墓参り。ここは日本に初めてできた外人墓地。墓標の劣化を防ぐための屋根は最近できたらしい。

山側の墓地には安政東海大地震で亡くなったロシアの水夫たちの墓もある。
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玉泉寺を出て海の方へ歩く。

地続きで行ける弁天島は、吉田松陰が黒船への密航を企て、潜んでいた場所だ。
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洞窟を抜けて海側に出る。
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歴史の詰め込み勉強をひと休みして、しばし磯を楽しむ。
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そして、弁天島の公園にも松蔭先生~っ。
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日が傾いてきた。時刻は16時くらいになっていた。
…つづく。

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