人質外交に弱い日本 | Kanchanのブログ

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日韓国交正常化交渉が行われるキッカケは
李承晩政権時代に李承晩ラインを勝手に引いた
為に九州や中国地方の漁民が舟ごと拿捕され、
当時はGPSなど無い時代、片っ端からから捕まえられた。不当裁判で刑が確定して帰国出来なくなり、常に人質状態であった。早期解決を目指した政府は、解決策として多額の費用を韓国に払い、
国交正常化をして、ようやく解放出来た。
韓国とは併合はしたが、先の大戦では韓国とは
戦ってないので、戦後補償は必要ないのであり
朝鮮半島の資産も請求出来たはずである。
不平等な人質の為に、資産どころか、韓国に
多額のご祝儀を与えてしまった。
この事と同様に、ポッダム宣言違反の旧ソ連に
よる日本軍捕虜のシベリア抑留にも、日本外交
は、早期帰国を果たす為に北方領土の先延ばし
とシベリア抑留の賠償の権利を放棄してしまった。日ソ共同宣言などしなくて、世界にソ連の
捕虜虐待の事実を訴えていれば、まして、不可侵条約を破って侵攻したソ連は、渋々、捕虜の
賠償の代わりに北方領土を返さなければ
ならなくなったでしょう。完全に日本の戦後
外交の失態であると思います。
ロシアは日露戦争で負けた恨みがありますので
北方領土は返さないと思います。