本記事はこちら↓ 【大紀元 様】
【抜粋】
人生の後半で見つけたもう一つの生きがいが、クラシックバレエ
これが、がんの闘病に大きな影響を与えることになる。
近年、大人からバレエを始める人が急激に増えており、私が通うスタジオには、70代になってから始めたという人もいる。
軽い気持ちで始めたのだが、周囲の熱心な友人たちに影響され、いつの間にか、トーシューズを履いて踊るようになってしまった
深みにはまっていく人は意外に多い。
大人過ぎる大人から始めたバレエでも、きちんとした指導を受けると、それなりに上達
がん告知を受けた日も、その足でレッスンに
苦手だったトーシューズでの回転技が左右ともきれいに決まり、がん告知のショックより、その喜びの方が上回った
がんが見つかったのは、3カ月後に予定していた発表会に向けて練習に励んでいる最中
たかが大人の趣味であり、次回にすれば済む話だ。
しかし、このとき持病の肺アブセッサス症(非結核性抗酸菌症の一つで、人には感染しない結核に似た病気)が悪化して、「このままでは肺がもたない」と呼吸器内科の医師から言われていた。
その舞台はラストステージになるかもしれなかった。
主治医が最も勧めてくれた治療法は、乳房全摘手術をして、同時に再建をする方法 全摘して再建すると、最低でも1カ月間、激しい運動はできなくなる。
もちろん、標準治療を外れるほど無理な選択はしないが、私は最短で復帰できる方法を望んだ。
「あなたが世界的なバレリーナで、一世一代の大舞台というなら分かるけど、それで治療方針を決めるっていうのは、どうかな」。主治医の言うことは、極めてまっとうだった。
「そうですよね」と納得して、いったんは診察室を出たものの、涙が止まらなくなり、大の大人が人目もはばからず、病院内を泣きながら歩いていた。
どんなに拙い踊りでも、最後だからこそ自分のベストを尽くしたかった。
コロナ禍にオンラインでもレッスンは続けてきたし、雨の日も毎日欠かさずに縄跳びを150回、二重跳び連続20回、回転左右100回ずつ、朝晩、時間が無い中で、筋トレにストレッチにと限界を超えるほど自分を追い込んできた。それを思うと、どうしても諦めきれなかった。
最後にトイレの個室で思い切り泣くと、すとんと気持ちが落ち着いた。社会的に何の意味も無い素人の舞台でも、私の人生にはとても大切なものだということがはっきりした。
涙を拭いて診察室に戻り、「治療方針が決まりました。温存手術にします。最短の日数で退院します。放射線をかけても大丈夫だと思います」と、すっきりした顔で伝えると、主治医も「そうですね、肺がんの人にだって放射線をかけるんだから」と私の選択を尊重してくれた。
乳がんは早期発見であるほど治療の選択肢が多い。がんにかかったショック状態の中で、自分が納得できる治療法を選ぶのは、なかなかしんどいことだ。私は例えささやかな趣味でも、バレエという軸があったため選択に納得できた。
入院前、「絶対に踊るんだと思って頑張って」とバレエの先生や仲間たちが送り出してくれ、先生が復帰した時に使うようにと、レッスン用のスカートとおそろいのマスクを手作りしてプレゼントしてくれた。それは、オレンジ色のグラデーションの入った、とてもステキなもので、「これを身に着けて、再びレッスンに行くんだ」と思うと、治療に立ち向かう勇気が湧いてきた。
手術後は、治療した側の腕が上がりにくくなる。
私の場合、脇に近い場所にがんがあり、リンパ節転移もあったため、腕を上げようとすると激痛が走る。傷は修復する過程で周囲の組織とくっついて治っていくので、頑張っても一晩寝ると上がりにくくなる。腕が上がらなくなることは、趣味の草バレエダンサーにとっても致命的だ。
片腕が上がらなくても、よほど高い場所の物を取ろうとしなければ日常生活は送れる。泣きながら頑張ってリハビリしたという知人もいるが、一人で続けるのにはかなりの精神力が要る。実際のところ、腕が上がらないまま固まってしまう人も多いようだ。
バレエのレッスン中、つらい顔になると、「痛くても動かして。顔に出さないで。舞台ではそんな顔できないでしょう」と先生から檄(げき)が飛ぶ。そして、痛みに意識がいかないように、音楽に合わせてステップをしながら腕を上げる方法を考えてくれた。手と脚を同時に動かすコーディネーションは、パターンが少し変わっただけで難しくなる。必死になって脚の動きに気を取られているうちに、脇の痛みを忘れて腕を動かせるようになっていった。
先に手術を受けていた知人は、マイケル・ジャクソンの曲を片っ端から踊って、自分を鼓舞しながらリハビリしたそうだ。ダンスの動きを利用して、音楽に合わせて腕を動かすリハビリ方法は、きっと多くの人の術後癒着防止に役に立つと思う。出張先でもオンラインでレッスンを受け続けたせいか、完全ではないが両腕を上げたときの長さに左右差がない状態まで回復している。
医療ジャーナリストの中山あゆみさんの治療体験のお話。心の底にある深層心理を引き出し、読みやすい文面で書いてくださるので楽しみにしています。
かなりストイックなご性格のようですが、一種の犠牲を自分に課して利を取るというのは、極めて明解な考え方で馴染めます。
もちろん、人によってその程度もやり方も違いますが、参考になるお話だなと思いました。