Digital PR Platform 2021.11.16
【抜粋】
東京医科大学(学長:林由起子/東京都新宿区)ケミカルバイオロジー講座の清水誠之客員研究員(大分大学医学部助教)、伊藤拓水准教授および半田宏特任教授(東京工業大学名誉教授)、東京工業大学(学長:益一哉/東京都目黒区)生命理工学院の山口雄輝教授らの共同研究グループは、免疫調節薬でありサリドマイド誘導体でもあるポマリドミドの新規の治療作用を見出しました。
研究グループはポマリドミドがその標的因子であるセレブロンを介してPLZFおよびその融合タンパク質群を効率的に分解することを明らかにしました。そして急性前骨髄球性白血病の属性を有するPLZF融合タンパク質発現モデル白血病細胞株においてその増殖をポマリドミドで抑制させることに成功しました。本研究成果は「Communications Biology」のオンライン版に掲載されました。(現地時間2021年11月11日公開)。
【本研究のポイント】
・免疫調節薬ポマリドミドによりセレブロンを介して効率よく分解されるタンパク質としてPLZFおよびその融合タンパク質(PLZF-RARα,PLZF-ABL1)を発見しました。
・PLZF-RARαを発現するモデル白血病細胞株にポマリドミドを処理したところ、臨床的に有効な濃度でその増殖抑制に成功しました。
・本研究は、多発性骨髄腫の治療薬としてのみ認可されていたポマリドミドにおいて、PLZFやその融合タンパク質を発現する白血病(APL, T-ALL)においても適応拡大を図れる期待が得られるもので、今後の臨床研究における発展が期待されます。
【研究の背景】
本研究は元をたどるとサリドマイド(thalidomide)の分子機構の解析に遡ります。
サリドマイドは1950年代に鎮静剤として開発されましたが、深刻な催奇形性を有していることが判明し、市場からの撤退を余儀なくされたことで世界的にも知られています。しかしそれから半世紀以上、サリドマイドの分子機構の研究は続けられ、現在では多発性骨髄腫(用語1)において優れた治療効果があることがわかり我が国においても処方が認可されています。そしてサリドマイドを基にした薬剤としてレナリドミド(lenalidomide)とポマリドミド(pomalidomide)が開発され、免疫調節薬(Immunomodulatory drugs, IMiDs)(用語2)と総称されています。
レナリドミドは多発性骨髄腫だけでなく、骨髄異形成症候群(5q-)やマントル細胞リンパ腫、濾胞性リンパ腫など複数の血液疾患に効果があることが示され使用が認可されていますが、ポマリドミドはレナリドミド耐性やプロテアソーム阻害剤耐性の多発性骨髄腫患者への処方に許可が留まっているという現状があります。
サリドマイド並びにIMiDsの分子機構は、2010年に伊藤准教授と半田特任教授らの研究グループにより、サリドマイドと直接結合する標的因子であるセレブロン(cereblon, CRBN)が世界に先駆けて発見されたことにより(Science 327,1345-50 (2010)) 、ここ10年あまりで飛躍的に理解が進んでいる状況にあります。セレブロンはユビキチンリガーゼ複合体CRL4(用語3)の基質受容体として機能し、サリドマイドなど薬剤が結合するとそれに応じて新たな基質(neosubstrate,ネオ基質)を認識する役割を担っています。例えば多発性骨髄腫において、レナリドミドやポマリドミドがセレブロンに結合するとIkaros, Aiolosと呼ばれる多発性骨髄腫の生存に重要なタンパク質が認識され、分解されることがこれまでの研究によって示されています。
これまでに当研究グループは、本学にて急性白血病細胞の増殖を抑える化合物CC-885が翻訳タンパク質GSPT1をネオ基質としてセレブロンに認識させることや(Nature 535,252-257 (2016)) 、サリドマイド催奇形性の原因を担うセレブロンのネオ基質として転写因子p63を発見し(Nat Chem Biol 15, 1077-1084 (2019)) 、ポマリドミドによる抗多発性骨髄腫効果の一端をセレブロンのネオ基質である ARID2 が担っていることなどを明らかにしてきました (Nat Chem Biol 16, 1208-1217 (2020))。
【本研究で得られた結果・知見】
本研究で当研究グループは、上述したように多発性骨髄腫患者への処方に限られるポマリドミドの新たな有用な治療作用を見出すべく、ネオ基質をベースとしたドラッグリポジショニング(neosubstrate-based drug repositioning)(用語4)を考えました。そして様々な組織細胞抽出液からポマリドミド依存的なセレブロン結合探索因子を探索しました。最終的に神経幹細胞株であるlt-NESの抽出液から得られたセレブロン結合タンパク質サンプルを質量分析で解析しました。結果として、PLZF(promyelocytic leukemia zinc finger)が同定されました。PLZFは、別名ZBTB16(Zinc finger and BTB domain-containing protein 16)と呼ばれる転写因子であり、神経分化や精子形成など様々な生命現象に関与することが分かっています。元々は転座によりRARα (Retinoic acid receptor α)との融合により成り立つ融合遺伝子(PLZF-RARα)として発見されています(図1)。
PLZF-RARαは、急性前骨髄球性白血病 (acute promyelocytic leukemia, APL)(用語5)の''がんドライバー''(用語6)として機能することが分かっています。また、最近になり、T細胞急性リンパ性白血病 (T-ALL) (用語7)において、ABL1との融合によるPLZF-ABL1遺伝子が発見されています(図1)。
そこで当研究グループでは、PLZFおよびPLZF融合タンパク質群について生化学的な解析を行い、これらがポマリドミド依存的なセレブロンのネオ基質であることを示しました。同時にサリドマイドやレナリドミドによるPLZFの分解活性はポマリドミドより弱いことも示しました。そしてヒトマクロファージ様細胞U937にPLZF-RARαを発現させた株がAPL様の性質を有するモデル細胞系として確立されていることからそれを用いて、ポマリドミド処理を行いました。結果として、臨床的に有効な濃度(0.1 μM)で増殖抑制を誘導することに成功しました(図2)。
※図1.PLZF およびその融合タンパク質の構造
aaはアミノ酸を表す。PLZF-ABL1はC23およびC11の二つのタイプが報告されている。いずれのタンパク質もポマリドミドで分解される。
※図2.ポマリドミドの PLZF RAR α発現 U937細胞への影響
A.U937細胞においてコントロールであるβ-gal 、野生型(WT) の PLZF-RARαおよび PLZFのG410をアラニン (A) に置換してポマリドミドによる分解をうけないように改変したPLZF G410A-RARαをそれぞれ発現させ、ポマリドミドで処理したのち細胞抽出液に対してウェスタンブロッティングを行い、タンパク量を解析した。野生型のみPLZF融合タンパク質量の減少がみられる。
B. 細胞に対してポマリドミドおよびATRA (all-trans retinoic acid) を処理して7日後に細胞数を計測した。結果として有意に野生型PLZF-RAR αを発現するU937株の方が増殖が抑制されていることが分かった。
【今後の研究展開および波及効果】
本研究によりPLZFおよびその融合タンパク質(PLZF-RARαおよび PLZF-ABL1)がポマリドミドで効率よく分解されることや、融合タンパク質発現モデル細胞の増殖抑制が達成されたことにより、これらをがんドライバーとするAPLやT-ALLに対するポマリドミドの適応拡大のための臨床研究への道が開けたと言えます(図3)。
PLZFは最近の報告では後縦靭帯骨化症(用語 8)や高血圧に関わることも知られており、いずれもPLZFを減少させると改善させうるという効果が報告されています。その点でポマリドミドはこれらの疾患の治療に有用である可能性が見いだされ今後検討の余地があります(図3)。
近年、ゲノムシーケンス技術の発展により様々な融合タンパク質が発見されつつあります。今回の研究では解析していませんがT-ALLにおいてはIkaros-notch融合タンパク質が見つかっており、この融合タンパク質は構造的にポマリドミドで分解可能であることが予測されます。今後さらにポマリドミドで分解可能な融合タンパク質候補が見つかってくることも期待されます。セレブロンのネオ基質に関する情報・知見は蓄積されてきており、今後のがんドライバーとしての融合タンパク質研究がさらに大いになされ、ポマリドミドの用途がさらに広がっていく可能性も期待できます。