バイクで事故起こしそうになったときの小説第一回。 | デジっていうベース弾く人

バイクで事故起こしそうになったときの小説第一回。

 昨日までの暑さが嘘のように消え去った八月の夜。男は愛機SRX400を転がし、群馬県の外れにある小さな村に向かっていた。折からの台風で空模様は優れず。豪雨と強風で、とても走りを楽しめるような天気ではない。トラックからの泥撥ねでボロ雑巾のようになりながら環八を抜け、練馬インターから関越道に乗ったときには既に21時を過ぎていた。
 来なけりゃよかった。男は既に後悔していた。売り言葉に買い言葉。つい2時間前、スタジオでのバンドリハの後、ギタリストが男にこう言った。
「昔のお前だったら、こんな日にこそ喜んでバイクに跨ってたよ」
学生時代、たしかに俺はそんなヤツだった。男は自嘲気味に思い返す。
ほとんど授業にも出ず、何か打ち込むことがあったわけでもなく、迫りくる膨大な「退屈」というヤツに押し潰されそうになっていたあの頃。中古で購入したズタボロのGB250クラブマンを駆り、雪の箱根峠に行っちゃ後悔し、雨の日に幹線道路で限界性能試しては転び、数えきれないほどの怪我と交通違反切符に彩られた学生時代だった。
 時は流れ、男はいつの間にか就職していた。多少パワーのあるバイクに乗り換えたが、昔のような無茶な走りや無暗な冒険はいつの間にかしなくなり、バイクはただの通勤手段に成り下がっていた。今の仕事にはなんの不満もない。ただ、何かしらの閉塞感があったことは確かだった。ギタリストのあの一言で、その閉塞感が臨界点を超えてしまったことを男は感じていた。
「俺は昔から何も変わっちゃいないハズだ」
呟きは単気筒のけたたましいエキゾーストに掻き消され、雨の高速道路を、男は黒い弾丸となって駆け抜けていった。