大昔のこと | difficult-tocureのブログ

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以前のブログtibimini706より、新しくブログに日々の身の回りの事や、景色、趣味について綴っています。展示グラフィックデザイン事務所で13年、システム会社で21年56歳で起業し横浜桜木町でシステム開発、グラフィックデザイン、キャンドル工房をしています。

今日は、朝から夜まで予定が詰まった一日でした。

流石にくたくたですが、明日朝から提案のため、

これから、資料づくりになります。


昨晩ブログに記載しました、ジャニスジョプリンの

歌詞の和訳についてお問い合わせがありましたので、

当時の歌詞カードから拝借しました!


ミーアンドボビー・マギー / ジャニスジョプリン

バトンルージュでひと騒ぎして
列車を待っていたの
ジーンズと同じくらい
色褪せた気分だったわ
遠くからくるディーゼルを
ボビーが見つけ
ニューオリンズまでずっと一緒に旅したわ
アタシは汚れた赤いバンダナに包んだ
ハーモニカを取り出し
ボビーの歌うブルースにあわせて
そっと奏いたわ
風よけワイパーがリズムを刻み
あたしわいつしかボビーの手を握り
運転手の知っている歌を残らずみんなで唄ったわ

自由ってことは
失う物がなにもないってことね
自由でなけりゃ、なんにも
なんにも意味はないわ
彼がブルースを歌えば
いい気分になるのは簡単だった
いい気分になるだけで
アタシにはもう何も言うことはなかったわ
アタシとボビー・マギーには

ケンタッキーの炭鉱地帯から
カリフォルニアの太陽の話まで
ボビーとアタシはどこまでも気が合ったわ
どんな天気になっても
何が起こっても
そうよアタシのボビーは
全世界からアタシを守ってくれたわ
ある日サリーナス近くで
彼と別れたの
彼は生まれ故郷を探していたのよ
うまく見つかったのならいいけれど…

でもアタシは思い出のうちのたった一日のために
未來のすべてを売り払ってもいいわ
ボビーの体に
ぴったり寄り添うためになら…
自由ってことは
失う物が何もないってこと
何もない…ボビーは行ってしまったわ

彼の歌うブルースを聞けば
すぐにいい気分になれた
そしていい気分になるだけでアタシは満足だった
アタシとボビー・マギーには…
La la la la la la ボビー・マギー
La la la la la la ボビー・マギー
Lo lo lo lo lo lo アタシのボビー・マギー

あの人を恋人と呼べたなら
アタシの男と呼べたなら
アタシの恋人と呼べたなら命を懸けて愛するわ
愛してるのよ、ボビー・マギー
Hey hey hey ボビー・マギー

ここまで。

この曲は色々思い出がありました。
19歳から24歳くらいの時に付き合っていた女性が
私と同じように音楽が好きで、今より1/3ほどの細い体に背中までの髪、かかとの高いブーツと。。
彼女はデニムのミニに網タイツ。。
毎日ギリギリの暮らしで、たしか新宿でジャニスジョプリンのドキュメント映画を見て帰る時に
当時の愛車、日産マーチ(初期型)の中でカセットで何度も聞いて帰った思い出があります。雨が降りだらしなく動くワイパーを見ながら。。
その彼女と結婚しようと思い、お金が無いので18歳から楽器屋さんで働き、警備員のバイトで買ったマーシャル三段積を委託販売で売り、諦められず買い戻しに行ったら既に販売済みで。。色々ありましたが、エキセントリックな彼女に振られ、別れてしまいました。

今年57歳になり、小さい会社の代表をして、メルセデスを乗るなんて、想像もしませんでした!
雨の夜にワイパーをつけて車に乗ると想いだし、
センチメンタルになった次第でした。

追記
老眼でスマホに小さい字を打ち込み、センチメンタルに浸る初老を笑う隣の取締役の女史は、幼稚園からの幼なじみです。ある意味生き証人です。


裸より恥ずかしい一枚。