東京に出張に行く話をチャイニーズ美女にぽろっとしたところ、「買ってきて欲しいものがあるの!」と巻物のようなリストを渡された。

NOとは言えない日本人代表にくまつ、腹の中では「自分で買えよ!」と思いつつ、「いいよ~❤」とリストを受け取った。

思い返せば香港駐在時代もこうだった。

香港は海外からの輸入品に高い関税がかけられるからなのか、日本への帰国時には「あれ買ってきて」「これ買ってきて」とまるでパシリのように扱われる。

一度現地のリーダーにスーツケースの半分が埋まる家電製品を買ってこいと申し付けられた時は、世界に遠慮という言葉は存在しないのかと疑った。

基本的に日本は慮る(おもんばかる)文化、昨年流行語になった「忖度」からも垣間見えるように、空気を読むことを強調される。

しかし海外は言った者勝ち。無茶でも何でもとりあえず言ってみる。ダメならダメと言えばいいし、何も言わないなら言わない方が悪い。

ジャイアンに恫喝されるのび太のようにひ弱なにくまつにとって、この文化がとにかく合わなかった。
かと言って、日本のように空気を読む文化にも馴染めない。
「嫌なら言え」も「空気を読め」も私からみたら同じこと、他者に依存しているように感じる。

もちろん、口にしている方になんら悪気はない。
依存だなんて人聞きの悪い、私達はただお願いをしているだけだ。人はお互いに支え合って生きているのだから、助け合えばいいのだ。助け合いの精神。素晴らしいではないか。

先日、とある有名な男目線の婚活ブログでこれに似た内容が触れられていた。

曰く、「妻に頼み事をすると嫌な顔をされる」というもの。

自分のことは自分でする、自己完結型の家庭に育った女性にしばしばこの性質が見られ、ひいては世にいう甘え下手な女性として婚期が遅れる傾向があるという。

ブログ主も、「夫婦なのだから、お互いに支え合えば良いではないか」と書き連ねていた。

私はこの妻の気持ちが良く分かる。

自分で少し頑張れば解決出来る、その僅かな手間を惜しんで相手に負担を押し付けること。

私のような自己完結型の人間は、こういう事柄を「図々しい」と思うのだ。

一方、他者共存型は、自分が少し頑張れば出来ることだからこそ、相手にお願いすることは丁度いい甘えだと考える。

「甘え上手になりましょう❤」はまさにこの理論。
「丁度いいお願いを与えて相手とより親密になる」という考え方。

その「丁度いいお願い」とは、自分が相手の立場だった時に少し頑張れば出来ることを基準にしている。

自己完結型から見ると、これは諸刃の刃のように映る。
相手が好意的に受け止めるかどうかは、自分がそれまで相手にどれだけ恩を売ってきたかによるはずだ。

そんな手法は相手からの愛情が欲しいものが使う手ではない。
相手が自分の愛情を欲しがっている時にのみ有効な手段ではないのか。

「ここに書いてあるお土産リストを買ってきて❤そうしたら引換に私の愛をあげる❤❤」

何とも傲慢な印象を受けるが、他者共存型は違うらしい。そこに素晴らしき助け合いの精神をみるようなのだ。

共存とは、お互いに利害が一致している場合にのみ使える言葉だと思っていた。

誰か、私に共存の正しい在り方を教えてください。