「男女雇用機会均等法が制定されました。」



この文章を社会の教科書で目にしたのはいつのことか。


それから、もう一つ。

どれくらい経っただろう。
「男女共同参画社会」という言葉を目にするようになってから。



誰だろう。この言葉を考え付いたのは。

これではまるで、男女が共同して社会に参画していないように聞こえる。


どちらかが参画していない、とかいう話であれば、
男か女のどちらを指している。

では、どちらを指しているか。
今までの歴史を紐解くと、言うまでもない。

女性を指している。女性が社会に参画していないというのだ。


さて、ここで考えてみたい。
社会に参画するとはどういうことなのか。


ここでは、仮に「社会に出て働く」ということとしよう。(結論を急がないためにも、仮とする。)


しかし、「女性が社会にでて働いていない。すなわち、女性は社会に参画していない。」そういう社会をつくってきた人の思いは何だったのか。
何のためにそういった社会をつくってきたのか。
その担い手は誰だったのか。


そしていまなぜそれを変えようとしているのか。
何のためにそういった社会をつくっていこうとしているのか。
その担い手は誰か。




わたしたちは、安易に飲み込まれてはならない。
担い手が誰であるか。その意図は何か。
「よりよい社会」「よりよい未来」に込められた真意は何か。