40K痩せるまで続くblog -18ページ目

帰ってきたよ




 4月からの学校に行く為に、実家の方へ帰ってきた。やはり自分の部屋は落ち着く。というか落ち着きすぎて何も出来ないのが困りものだ。なんか暖かいし椅子もやけに座り心地が良いので眠くなってしまう。やばい。
良く思い起こして見れば椅子。こいつが悪い。姉の部屋から強盗してきたアンティーク調の豪華椅子。寝てしまうでは無いか!
やっぱりダサイけれど作業用のKOKUYOは馬鹿に出来ないんだなあと思う。

 一太郎、無くなってしまうのか?何が問題なのかが解らない。昔何かの文献で読んで、日本語の特徴的に、英語生まれ日本語ソフトってのはどこか構造的に無理があるとの事だそうだ。一太郎は使った事はないけど日本語の禁則処理だとか以外と独特の処理がありそうなので是非、残す方向で。私はsimpletextラブな人だけど、、、、

 って今極東ブログ読んでたらそっちに詳しく乗ってた。ふむふむ、成る程、、、
一つびっくりしたのは私の今打っている文字を司るatok!その心臓部分に一太郎のプログラムが使われているのだそうだ。なんだ!もの凄くお世話になっているじゃないか。
os9に関してはデフォルトであることえりはもの凄く馬鹿で話にならない。もう心の底からatokユーザーのマック野郎はかなりの数いて無いと困る。影響が無ければいいけどな。





やってみようか



 断片的に浮かんでくるストーリーってのはけっこうあって、それを長々と書き続けるのは以外としんどくて、でも少しもったいないと思ってもいる。だから、それを少しやってみようと思う。形としてはショートストーリーって感じ。

 あらかじめいい訳をしておくと、このblogの目的っていうのは、ダイエット(最近さぼりまくり)と文章の練習、知識の収集、自分自身への渇を入れるための日記、と思っているので、余り読み手を意識して書く気は無い。なのでもしかしたら万人にとってはさっぱり面白くも何とも無い物かも知れず、一言で言うとこれは私のオナニーなのだ!

 私は23歳になったのだけれども、思春期の自分は特別だ!って感情から抜け出して、やっとこ大人的な考え方が出来る入り口に立ちつつあるのかな、と思えるようになって来たと感じる。私たちの世代は、とかく不況だとか、自殺者がえらい勢いで増えているだとか、バブル時代のお父さんは薬漬けなんですけどー!とか、彼女がリストカットしちゃって、、、、みたいな事ばかりが報じられている、社会的に鬱屈した空気の中で育った。一っつも明るくないぜ!っていう中で育った弊害って言うのは、気付いている以上に深くて、悲観をデフォルトに、無関心を武器に、今日も元気で心の闇と格闘している訳ですな。失われた十年とか言うなよ!そりゃ無表情にもなるさ。

 脱線した話を元にもどそうか。大人的な考え方ってなんだろう?実は自分でも良く解ってないんだろうけど、最近漠然と思うのは、自分が意外と大したことないって事に気付く事なのかなあと思っている。悲観的だって?そうじゃない。どんな優秀な人間だって、最初は0な訳で、自分がスタートラインに立ったら、あとは積み上げていくだけだ!(この部分は切込隊長のエントリーの影響を受けているけど)
勿論こんな事はおよそ生ある人間の、先輩達が等しく通ってきた道なので特別な事では無い。「人生は一生勉強だ!」なんて大層な言葉を発する60親父を横目で冷笑したりもしたけれど、私たちが感じているこの葛藤や心の闇を理由に塞ぎ込んでしまうのは馬鹿らしい事なのか?いいや、それはとても意味のある事だ。

 人間って、観察しているととても面白くて、例えば結婚した人は「結婚してやっとまともな考え方が出来るようになった」という人もいれば、「子供が出来て人生観が変わった」という人もいる。かと思えば「離婚して人生を悟った」という人がいて「男は30過ぎてからモノ考えることが出来る」という人もいる。それを聞いていた人が「思い起こせば30代は子供だった」なんて言っていて、「男は40からが華」なんて言ってたのが「十代の頃、俺は全てを持っていた」なんて原点回帰してみせたりもする。よく考えればすごく可笑しい。全部に共通して言えることは、何かを否定することによって自己を肯定させているって事。それが自分自身なんだから皮肉としか言い様が無い。

 表現について

 表現とかアート(芸術)って言うと、それだけで尻込みする人も多いと思うけど、私はそんな事は無いと思っている。何故なら生ある全ての人間がアーティストだと思っているから。
アーティストって言うのは特別な存在じゃない。例えば、その笑えないブラックジョークが五発目で私を爆笑させることが出来たら素敵なアートだと思うし、本の乱雑な積み上げ方がアートでもあるし、おいしいモノを食べて感動したらそれはもう立派なアートだ。
感情の起伏それ全てがアートであってこれがアートだ!って決められているモノに限って意外とアートじゃなかったりもする。音楽を聴いて涙するのがアートならセックスして絶頂に達するのがアートじゃないって道理は無い筈だろう?当然受け入れられないアートだっていっぱいある。説教とか、、、、

 じゃあ、全ての感情、物質、行動がアートたりえたとして、現在は過去より優れているのか?または何かを否定しなければ成り立たないのか?まったくもってそんな事は無い。
というか真逆だ。私の好きな「スガシカオって最近より昔の楽曲の方が良かった」って事もいっぱいあるし「あれはよかったなあ」って思うし、その瞬間しか出来ないこともある。飛行機テロとか、、、、逆に今しかできないアートもあれば今は出来ないアートもある。勉強だって仕事だって全部そうだ。てゆうか勉強だって仕事だってその過程を捉えてアートと言える。

 長々と下らない話を続けてしまったが、結局何が言いたいのかというと、私は「23歳の私にしか出来ないモノを書く」と言うことだ。






啓蒙的どらえもんのススメ



 小さい頃どらえもんを見ながら思ったものだ。

「のび太のくせに生意気だ!」

 よく考えると凄い言葉だ。この言葉自体はジャイアント言う存在を総称する、スタンダードと言うか、いじめっ子の象徴として一見分かりやすい言葉ではあるが良く考えてみると意味が分からないし理解できない。まさに独特の感性と言えるだろう。

 まずもって冒頭の「のび太のくせに」と言う時点で意味が分からない。だがここには深い意味が隠されている。かのフロイトは無関心を発見し人の心を本能、自我、超自我に分けて攻撃性(反抗を)を本能に分類し、人には死の本能があることを説いた。
まさにここで言う所の「のび太のくせに」とは社会に蔓延する理不尽そのものを描いた皮肉として捉えることが出来るのである。

 さらにはかのマルクスも資本論に置いて、搾取と言う言葉を使いながら人間の真実とは理不尽である事を訴えた。郷田家の関係を見る限りでは首尾一貫してマルクス主義的なイデオロギーを持った家族であることが伺える。そしてその事を鑑みながら考えてみると、この言葉にある「生意気だ」という一見身も蓋もない言葉の中にこそジャイアン流の啓蒙を読みとる事が出来るのである。


 私たちの生き抜く世界は流動的で、しばし我を忘れがちだ。ヒトは童心に還ったときこそ、その心理を手に掴むことが出来る。私たちは彼らに学ばなければならないのかもしれない、、、、、、








 さあアップしようかな、と思って読み返してみたら私は頭がおかしいのかと思った。
根本的に勢いで笑いながら書いてるのでそこんとこヨロシク。




マックmini分解レビューが




 マックmini分解レビュー
http://hotwired.goo.ne.jp/news/20050203301.html


 なんか全体的にテンションがおかしいです。なんかょぅι゙ょを目の前にした時の変態のそれと同じにほひを感じるのは私だけだろうか?
てゆうかワイアード自体がそれに近い物を感じる。
「よくできた機械の中には魔法のこびとが住んでいる」

はあ、、、、そうですか、、、、



一般教書演説



ブッシュ大統領一般教書演説
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20050203it03.htm

1914 第一次世界大戦

1918 第一次世界大戦終結
               21年
1939 第二次世界大戦

1945 第二次世界大戦終結
                5年
1950 朝鮮戦争

1953 朝鮮戦争終結 
               12年
1965 ベトナム戦争

1975 ベトナム戦争終結
                8年
1983 グレナダ侵攻
                6年
1989 パナマ侵攻
                2年
1991 湾岸戦争
                2年
2001 アフガン侵攻、イラン戦争

 以上は主にアメリカが主導で為された大きな戦争を年次順に並べた物である。長い時間かけて書いてみたはいいが何の相関性も見あたらない。何やってんだって、、、
只これ以外にも関与した、というのを含めるとけっこう短いスパンでなにかしら軍事的な行動をしているみたいでもある。図体がでかいぶん、常になにかと戦っていないとその体を維持できないのかなあ、なんて勝手に思ってみた。その強大な軍事力に裏打ちされたドルの安心というか信頼感なのであれば、経済的にアメリカが主導的な立場で居るためにはでかい軍隊は切っても切り離せない訳で、一方では自由だぜ!見たいな国ではあるけれどそれを維持するためには軍隊が必要だという、アメリカのジレンマが見えるようでもある。

 考えてみれば今回のブッシュ大統領の演説も「自由」ってあんた、、、、








経済制裁なんて馬鹿は休んで言って休んで言っての繰り返しで一つ



 もうすぐブッシュ大統領の演説が始まる予定。いったいどんな言葉が飛び出すのか生ぬるく見守りたいと思います。


 それよりも拉致被害者家族の馬鹿さ加減。もう既に国内派閥の政治の一カードとして利用されてるだけなのにどこから経済制裁なんて言葉が出てくるのか?本当にそれをやって家族が戻ってくるとでも思っているのだろうか?実際の話もう打つ手は無いのだから御家族のやるせない気持ちも分からないでもない。だがこれ以上騒がれるのははっきりいって一国民としては迷惑だ。あちらの国よろしく、経済制裁なんて言うのはやるぞやるぞーと言いながらカードを見せるぐらいで丁度いいのだ。本当にやってしまっては損得で考えれば何の意味もない。国際的な世論が高まりつつある中、何故日本が率先して制裁を加える必要があるのだ?それこそ何のメリットも無い。まああれだ、馬鹿には騒ぐだけ騒いで貰ってまたラッコでも現れたら何も無かったかの様に忘れてしまえば良いと思うよ。





中央分離帯の上で、愛を叫ぶ




 「あの人はちょっとおかしいね。」


 冷静にそう言ってはみたものの、その人物がだいぶおかしいという事は最早疑いようの無い事実であり現におかしい。
とある大きな横断歩道を渡ろうと信号待ちをしている私のおかしな人レーダーが何かを捉えた。その、どこから見ても何の特徴もない男を注意して見守ると彼は信号が変わるのを待たずに中央分離帯まで歩いていった。そしたら登った。中央を仕切っている石の上に。

「なんだよあれ」
私の隣の友人が言った。

 何をしているのか?と問うのは不毛だ。だっておかしいんだから。私はこの人物が何故そこに登っているのか、頭の中に理由を並べ立てた。

1,すこしおかしい

2,一般的なレベルで普通のおかしい

3,だいぶおかしい

4,ROCKだぜ!WOW!


 その瞬間私は答えを悟った。彼はロケンローローラーだったのだ。私たちは本物を目撃した。そして私たちは教えられた。ROCKは自由だって事を、、、、、
私は両親指を立ててこう言った。
「ROCKだぜ!」
友達も言った。
「ROCKだぜ!」


 枯れ果てたこの都会の片隅で、彼はカリスマという無駄な光りを放ち続けていた、、、





いったいなんだったんだろう?






 

CM専門サイト



 なんかふと思い立ってテレビの5チャンネルを回してみる。
期待した砂嵐は現れずに写った番組は何故か千葉テレビ。目から鱗と言うか、めから金目鯛が飛び出した。なんでだよ!

 で、どんな番組をやってるのかなー、と暫く観察してみるとブラックサバスが思いっきり歌ったりしてる。流石ローカル、気合いが違う。ある特定の人間の趣向がぷんぷん匂ってくる様でもありますな。

 最近のテレビのマイブームはコマーシャル鑑賞。コレ。番組が始まるとチャンネルを変えて只ひたすらコマーシャルを見続ける。思うに専門チャンネルのコマーシャルチャンネルって聞いたことが無い。(知らないだけかも知れないけど)見たい人っていないんだろうか?例えば、ジャンルごとにコマーシャル群を放送する。25分位づつに区切ってさ。
で、テレビのメニューボタンかなんかを押すとその時間帯に放送されているcmがキャプチャと共に一覧で出されて、それを指定すると、インターネットを通じて企業のサイトなり五分程度の紹介vtrなりに飛ぶ事ができるの。どうだろう?

 なにを馬鹿な?と思うかもしれないがそうでもない。なにか特定の業界に詳しくなることは思ったよりも難しいし、例えネット環境があったとしても一つ一つ調べるのは容易な作業では無い。こういう風なコマーシャル専門チャンネルがあって、放送されるまでの敷居が低ければ(企業側のコストが安ければ)細かい裏事情では無くとも全体的なトレンドの流れやどの企業が今現在どんな攻勢をかけているのかが解るかも知れない。それ以上にインターネットに代表するプル型メディアの良い部分ばかりが強調されがちだが、この場合に置いてはテレビの持つプッシュ型メディアの強みを生かすことが出来る。

 インターネットは便利ではあるが会社でくたくたになって帰ってきた後、ビールを飲みながら難しい論文を読み解くのは以外と気合いがいる。私は思っている以上に専門的な情報に触れたいがその機会を逃している層はかなりいると思っている。
これだったら、くたくたになって帰ってきた後でもビールを飲みながら眺めることが出来るし基礎知識の収集がはかれる。気になる企業があったらそれを横目で眺めながらインターネットで調べることも出来る。なんか考えてたらとても素晴らしい発想に思えてきた。

 さらにはそのカテゴリーの種類によっては無限の可能性が期待できる。例えば、人生の経験として留学してみたいと考える方も多いだろう。だが実際にそれを行動に移そうとするとなかなか考え物だ。パスポート、お金、言語、心配の種は尽きることは無いだろう。
それをクリアするために調べる労力、行動はとても一日でやり切れる類の物では無い。
そこで、例えば深夜帯に留学専門cmチャンネルがあったらどうだろう?
構成としては留学先の企業pr、英会話スクールのpr、留学先の学校のpr、留学関連書籍のpr、書類関連の代書屋?のpr、外国人用賃貸物件業者のprだとか、ちょっと考えただけでもこんなに浮かんできた。ほかにも色々ありそうだ。しかもだ。その専門チャンネルと言う特性上、視聴者の購買意欲はかなり高い数値が期待できるんじゃ無いだろうか?そして普段から継続的に情報を摂取することにより実現へのプロセスを頭の中にはっきりと描くことが出来るかもしれない。考えれば考えるほど面白そうだ。

 他に幾つか面白そうな物を挙げて見たい。(私は若いのでサブカル特性が強いが)

スニーカーチャンネル。、、、、只ひたすら新作のスニーカーのcmが流れる。

雑貨チャンネル、、、、、、、、只ひたすら雑貨のcmが流れる。

パソコン部品チャンネル、、、、新製品のパソコンの部品のcm。

バーゲンチャンネル、、、、、、只ひたすらバーゲン情報が流れ続ける。

アップルチャンネル(笑)、、、アップル関連商品のcmが流れ続ける。

ベンチャーチャンネル、、、、、新興ベンチャー企業の業務prが流れ続ける。


 最後にもう一つ忘れてた。cmだけを流すので在れば番組の制作費が無い。これは凄いことじゃ無いだろうか?例えば映画やなんかを流し続けるにしてもテレビ局はお金を払わなければいけない訳で、企業からcmを流すのにお金を貰って、さらにcmを作るのにお金を貰って、制作費がかからない!いいことづくしじゃないか。その分一社辺りのコストを安めに抑えさえすればかなりの数の企業の参加が期待できるんじゃないだろうか?

 取り敢えず長くなったのでこの辺で、、、、





忍庵で夕食




 友人と忍庵で夕食。なかなか雰囲気の良い店で味もなかなかだった。只その分値段もなかなかだが、、、。
画面右側の抹茶スプモーニを初めて飲む。ウマイ!あんまりおいしくて立て続けに3杯も飲んでしまった。おいしゅうございました。
唯一気に入らないのはビールがSUNTORY。麒麟にしたまえ。




ペンタゴンチャート




 ホントかよ。
http://www.gaitame.com/technical/mail/


 最近テレビで見る話題のこの人。ペンタゴンチャートってなんすかね?
占い師と同じ臭いを感じるのは私だけだろうか?