人々に好かれたい、嫌われたくない、
と真剣に語る人が結構いる。
そのために色々な我慢をしたり、心配をして、
疲れて仕方がないのだと言う。
 
わたしが言うのもなんですが、
大変な性格だ。人々って、人々?
全ての、人々?
 
本当に、こうした考えはよくわからない。
大抵の人々には、好かれもしないし、
嫌われもしていないのが一番良いに決まっている、
と思っているからだ。
 
よくイメージして欲しい。
町中の人がわたしを好きだとする。
わたしが外に出ると、視線を集め、
にこやかに挨拶されるだろう。
四六時中さまざまな人に話しかけられ、
人が押し寄せ、わたしの言葉を待つことだろう。
わたしがどうでもいいちょっとしたことを言うと、
それだけでどっと、人々は歓声を上げるだろう。
 
わたしは前に進めない。
行きたい所へ行けない。
用事を果たすことができない。
干渉、干渉、干渉。
人々に好かれるって、そういうことだろう?
嫌じゃないか。とても面倒じゃないか。
 
赤の他人は外す、と言うかもしれない。
同じクラスの人々に好かれたい?ていうか、モテたい?
 
よくイメージして欲しい。
クラスメイト全員から告白されるとしよう。
そもそも断るのが大変じゃないか。
少し想像しただけで、もうウンザリして来るような事態。
断っても断っても、次から次へわいて出てくる。
中には断られて逆恨みする人もいるだろうし、
大げさに振られたと言いふらして悪評を立てるかもしれない。
わたしが誰かと親しくすれば、必ず邪魔してくるかもしれない。
恋なんて、できない。
わたしを好きな人が邪魔で、わたしの好きな人に辿り着けない。
 
それが好かれるということだろう?ヘドが出そうだろう?
つまり、つづがなく生活を送るためには、
好かれもしなければ、嫌われもしないのが一番良い。
最高の状態と言える。
 
人々のカテゴリーには属さない、特定のスペシャルな人物にだけ、
またそれ用の考え方をすればいいのだ。
だから、その「好かれたいから無理をする」ということで悩むのは、
明らかに個人の自由だけれど、想像力が足りないか、
本当は何か別のことで悩んでいるのだと思う。
 
考えるべきは「いかにして、特に好かれもしない、嫌われもしない状態を保つか」
である!考えたいのに、誰も考えていないので不思議だっ!!