いつも真白な心でいたい、という人がいるけれど、
やめた方がいいと思う。ぜひ思いとどまるべきだ。

前々からおかしいな、と感じていたのだけれど、
何がおかしいのか少しわかった。ゆえに記す。
私はいつもゼロなのだ。過去の実績の実感がない。
誰でもそういうものなのかもしれないけれど、
他の人に比べると、その程度が激しいように思う。

例えば私は同じ大学に学部と院と、二回合格したのだが、
未だに不思議である。いや、勉強はした気がするのだが、
しかしどうにもこうにもまぐれとしか言いようがない。
だから常に気まずい。自分だけ人と違って何かが間違った気がする。
補欠合格の人はあんなに気にしていなさそうだったのに。
過ぎ去れば過ぎ去るほど、まぐれだった気持ちが強くなる。

勉強だけじゃない。人生いつも何にもしてこなかった感じがある。
勉強もしなかったし、遊んでもいないし、恋愛もしなかったし、
なーんにも打ち込まなかった。何もない私の人生。地味で淀んだ毎日。
ただ過ぎゆく実りのない生活。そんな風に思っている。

実際、飲み会などでの中高校時代はどんなことしていたの?
というありきたりな質問に、「特に何もしない毎日でした」とマジで答えていた。
だから人の話を聞くと羨ましい。私が部屋でウジウジしている間、
世界は刻々と動いているのだと、人々は様々に変化しているのだと、
そんな風に感じ、とても辛い。私が何もしてこなかった間に、
色々なことがなされたのだなあ、と。自分だけが何もない。
語る思い出なんて一つもない。なんて間の抜けた人生だろう。

私は結構正しい認識だと、これを書いている今も感じている。
実際、この日記は心情吐露、思うたけばかり書いてあり、
何だか何にもしていない空気満載である。思い悩むだけで何もしていない。

しかし、しかしだ。
出来事だけを思い起こしてみるならば、何もやっていないなんてことは多分ない。
数年前の手帳を開いてみよう。大抵何かしら書いてある。意外な人と会ったりしている。
それだけじゃない。人に指摘される。何にもしてない何もしてないって言うけどさあ、
「勉強してたジャン!」「遊んでたジャン!」「恋愛してたジャン!」
え、そう?そうだったっけ?確かに記憶にはある。でも実感がない。
というか、「している」という状態に入れていい程度のものなのか、判断できない。
華やかなことなど何もなかったし。華やかさなどまるで感じていないし。

いつもゼロである。何もない。何もしていない。何にも起こっていない。
語る出来事などない。いつも真白。私の人生に後輩などありえない。
友達が彼氏にされたことを自慢してきても、素直に羨ましがってしまう。
でも良く考えたら、自分も似たようなことをされていたような。
でも実感がない。いや、実感はあるのだけれど、別に大したことじゃなかった?
よくわからない。とにかく真白。ここまで来るとほとんど病気である。