先日体験した、不思議な現象について。
最近ちょっとだけ引っ越しに興味があって、
不動産屋の店先やネットで物件を眺めていました。
お金がないから引っ越しをする可能性はないんです。
だから、普段通る道で目にしているアパートやマンションの
家賃を調べては「へー」とか「ほー」とか言っているだけです。
妙に安い物件があると「これが噂の事故物件かな」などと
たんに想像をしていたんですが、
いつかテレビで事故物件の情報サイトがあるとやっていたと
記憶がよみがえり、さっそく調べました。
で、ありました、情報サイト。
地図に炎のアイコンがあって、クリックすると詳細が見られる仕組みです。
ここにもそこにも炎のアイコンがあり、
いつの間にか近所の訳あり物件めぐりしてました。
「平成○○年○月 5階から転落死」
「○号室ベランダから男性飛び降り自殺」
このような簡素な情報がそこかしこにあります。
そこでふと、思い出しました。
何度も通るたびに人が落ちてくるイメージが頭をよぎる場所があるんです。
今はすっかりご無沙汰しているんですが、
2,3年前はダイエット目的で近所をジョギングしてました。
要するに走っていたのは2012年~2013年のことです。
ジョギングコースの途中に
歩道が広くて走りやすいまっすぐな通りがあって、
週に2,3回くらい走っていました。
その通りに面して高層マンションが何棟かあり、
マンションの真下を通っているときだけ、妙な胸騒ぎがしました。
黒い影が上から落ちてくるイメージが頭をよぎりました。
万が一巻き込まれたらいやだなと思って、
走るときは建物からすこし離れて、
車道寄りにコースをとっていました。
霊感はないんですが、それなのに何度も妙な感じを受けたから
これは絶対に事故物件があるはずですよね。
そしたら、案の定ありました。
9階から転落死している方がいました。
でも日付を観たらゾワワワワとと鳥肌がたちました。
事故が起きたのは2015年でした。
走っていた頃にσ(・ε・)が見ていたのは
未来のイメージだったんでしょうか。
多分、気のせいですけどね。
最近ちょっとだけ引っ越しに興味があって、
不動産屋の店先やネットで物件を眺めていました。
お金がないから引っ越しをする可能性はないんです。
だから、普段通る道で目にしているアパートやマンションの
家賃を調べては「へー」とか「ほー」とか言っているだけです。
妙に安い物件があると「これが噂の事故物件かな」などと
たんに想像をしていたんですが、
いつかテレビで事故物件の情報サイトがあるとやっていたと
記憶がよみがえり、さっそく調べました。
で、ありました、情報サイト。
地図に炎のアイコンがあって、クリックすると詳細が見られる仕組みです。
ここにもそこにも炎のアイコンがあり、
いつの間にか近所の訳あり物件めぐりしてました。
「平成○○年○月 5階から転落死」
「○号室ベランダから男性飛び降り自殺」
このような簡素な情報がそこかしこにあります。
そこでふと、思い出しました。
何度も通るたびに人が落ちてくるイメージが頭をよぎる場所があるんです。
今はすっかりご無沙汰しているんですが、
2,3年前はダイエット目的で近所をジョギングしてました。
要するに走っていたのは2012年~2013年のことです。
ジョギングコースの途中に
歩道が広くて走りやすいまっすぐな通りがあって、
週に2,3回くらい走っていました。
その通りに面して高層マンションが何棟かあり、
マンションの真下を通っているときだけ、妙な胸騒ぎがしました。
黒い影が上から落ちてくるイメージが頭をよぎりました。
万が一巻き込まれたらいやだなと思って、
走るときは建物からすこし離れて、
車道寄りにコースをとっていました。
霊感はないんですが、それなのに何度も妙な感じを受けたから
これは絶対に事故物件があるはずですよね。
そしたら、案の定ありました。
9階から転落死している方がいました。
でも日付を観たらゾワワワワとと鳥肌がたちました。
事故が起きたのは2015年でした。
走っていた頃にσ(・ε・)が見ていたのは
未来のイメージだったんでしょうか。
多分、気のせいですけどね。
同日同刻―太平洋戦争開戦の一日と終戦の十五日 (ちくま文庫)/筑摩書房

¥907
Amazon.co.jp
戦争が終わって70年の今年。
またこの本を読みなおした。
平和への祈りを込めて一部を引用する。
p139より
当時小学校三年の田中清子は書いている。
「ひがいを受けたものはみな、似島へ行けということでした。
私たちもそこへ行くことにして、川から船に乗りました。
お母さんの座っている前に、私と同じくらいの女の子がいました。
その女の子は体中にやけどや、けがをしていて血がながれていました。
苦しそうに母親の名ばかりを呼んでいましたが、とつぜん私の母に、
『おばさんの子供、ここにいるの?』
と、たずねました。
その子供は、もう目が見えなくなっていたのです。
お母さんは、
『おりますよ』
と返事をしました。するとその子供は、
『おばさん、これおばさんの子供にあげて』
と言って、何かを出しました。それはおべんとうでした。
それは、その子供が朝学校へ出かけるとき、
その子供のお母さんがこしらえてあげたおべんとうでした。
お母さんがその子供に、
『あなた、自分で食べないの?』
と、聞くと、
『私、もうだめ。それをおばさんの子供に食べさせて』
と言ってくれました。しばらく川を下って、船が海へ出たとき、その子供は、
『おばさん、私の名前をいうから、もし私のお母さんにあったら、ここにおるといってね』
と言ったかと思うと、もう息を引き取って死んでしまいました」

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戦争が終わって70年の今年。
またこの本を読みなおした。
平和への祈りを込めて一部を引用する。
p139より
当時小学校三年の田中清子は書いている。
「ひがいを受けたものはみな、似島へ行けということでした。
私たちもそこへ行くことにして、川から船に乗りました。
お母さんの座っている前に、私と同じくらいの女の子がいました。
その女の子は体中にやけどや、けがをしていて血がながれていました。
苦しそうに母親の名ばかりを呼んでいましたが、とつぜん私の母に、
『おばさんの子供、ここにいるの?』
と、たずねました。
その子供は、もう目が見えなくなっていたのです。
お母さんは、
『おりますよ』
と返事をしました。するとその子供は、
『おばさん、これおばさんの子供にあげて』
と言って、何かを出しました。それはおべんとうでした。
それは、その子供が朝学校へ出かけるとき、
その子供のお母さんがこしらえてあげたおべんとうでした。
お母さんがその子供に、
『あなた、自分で食べないの?』
と、聞くと、
『私、もうだめ。それをおばさんの子供に食べさせて』
と言ってくれました。しばらく川を下って、船が海へ出たとき、その子供は、
『おばさん、私の名前をいうから、もし私のお母さんにあったら、ここにおるといってね』
と言ったかと思うと、もう息を引き取って死んでしまいました」














