運命について
遺伝、境遇、偶然、――我我の運命を司るものは畢竟この三者である。
自ら喜ぶものは喜んでも善い。しかし他を云々するのは僣越である。
芥川龍之介 侏儒の言葉より
先日、60年前の取り違え事件で病院側に3800万円の賠償判決が出ました。
赤ちゃん取り違え事件そのものの悲劇性もさることながら、
そのニュースで興味深かったのが、DNA鑑定することになった経緯でした。
事件の概要を示すと、
Aさんは貧しい母子家庭の3人兄弟の末っ子になりました。
Bさんは裕福な家の4人兄弟の長男になりました。
家庭環境も正反対ですが、長男・末子と兄弟での立場も正反対です。
Aさんは中学卒業後、定時制高校を出て工場勤務をされていたそうで、
大変生活は苦しかったようです。
Bさんは小さいころから家庭教師もつき、有名私大へ進学し、
一部上場企業を経て不動産会社社長とか。
悲劇が明るみに出たきっかけとなったDNA鑑定は、
親の介護をめぐりBさんと下の3人との間で確執があり、
血縁関係に疑問をもったためだそうです。
裁判を起こされ、その判決はwebで見ることができます。
http://www.houritsuka.net/case/dna.php
Bさんに対して恐らく違和感があったのでしょうね。
「いったい誰に似たんだろうね」などと話になることはあったそうです。
本当に血縁関係がないとは思ってもみなかったでしょうが、
ずっと溝があったのかもしれません。
すべて責任は取り違えた病院側にあるとはいえ、
なんともやりきれない思いになります。
このDNA鑑定に至った経緯をきいて、冒頭の芥川の言葉を思い出しました。
まず、遺伝。
影響の強さにぞっとしました。
血縁があると信じていて同じ環境で育っても、
裕福家のBさんは家族の中で異質な存在のままだったのでしょう。
反面、60年経って初めて顔を合わせても、
Aさんは本当の兄弟に受け入れられることでしょう。
次に、境遇。
どれだけ素質があっても、貧しかったら大学に行けません。
行けたとしても何倍も苦労することになります。
事実、東大の新入生の親の年収は1000万以上がほとんど。
金持はさらに金持に、格差は広がる一方です。
努力とか才能・資質の問題ではありません。
そして、偶然。
あまりにも酷い偶然がまるで違う人生を強いることになりました。
何も落ち度がないのにこんな過酷な人生を強いられます。
運命の前では善人・悪人関係ありません。
正直、Bさんへの同情する気持は一切芽生えません。
なぜなら金持だから。
Aさんが気の毒でなりません。
失われた時間は戻ってきません。
なんだかんだいっても、お金でしか補填できません。
それがたったの3800万円だけです。
絶対にあってはならない悲劇ですが、人間の力の奥深さを目の当たりにしてくれました。
DNA鑑定したくなるほど、Bさんに対して
「この人なんか違うな」と思っていたのでしょう。
学校や職場でも「この人とは気が合いそうだな」とか
初対面でだいたいわかったりするものです。
やはり人間は直感とか第六感を大事にすべきですね。