だから戦争はなくならない | pissin' against the wind

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体罰によって高校生が自殺に追い込まれたニュースをみて。

幼少のみぎりから文化系一直線のσ(・ε・)

もしも自分の子供が部活動で教員から殴られたら即日、部活辞めさせます。

黙って引き下がるつもりなし。

謝罪がなかったら最悪の場合殴られたことを刑事告訴するでしょう。

だって暴行だもん。


わざと負けたり試合相手をバカにしたりナメたりでもしたら、まあ怒るのはわかる。

怒ったとしても殴ることが許されるだろうか。

なぜ試合に負けたことくらいで子供を殴れるんだろう。

まったく理解できない。

無抵抗の人間を数十発も殴れるようなやつは人間のクズだ。


体罰を受けた生徒が指導者になると、今度は自分が体罰をするようになるという。

体罰でつらい目にあったら体罰を否定しそうですが、

そうはならないのです。

DVや虐待と同じで、解決策として暴力を容認してしまう心をもってしまうのだ。

これが最も悲しく、恐ろしいことだ。

負の遺産、暴力の再生産は誰かがやめない限り続いていく。


運動部出身で体罰を受けたことがある人は

「体罰を否定すると強くなれない」「愛のムチの場合もある」というかもしれない。

「いい体罰」と「悪い体罰」があるといいたいかもしれない。

しかし、体罰にいいも悪いもない。

体罰はすべて悪である。


自分の暴力はいい暴力、あいつの暴力は悪い暴力。

などといっても第三者からみればどちらもただの暴力だ。

暴力を都合よく色分けできる思考が、おおげさにいうと戦争を招くのだ。

たとえば、

アメリカの核兵器は平和をもたらすいい核兵器。

北朝鮮の核兵器はすべてを破壊する悪い核兵器。

こんな主張を何のためらいもなくできてしまう危険な思考だと思う。


追記。

今回の事件とは直接関係ないですが、美輪明宏さんの素晴らしい叱り方論。