不孝者ですみません。
ここ1年くらい、一日に一回は過去を思い出して泣いています。
私が一番辛かったのは、誰も助けてくれなかったことです。
何年間にも渡って、何度も何度も何度も何度も泣きながら相談していました。でも返ってきた言葉は「ほんと?笑」「仲良くして」「お願いだから困らせないで」「あの人もいつか一人暮らしするだろうからそれまで我慢して」でした。私が望んだ言葉は何一つ返ってきませんでした。それが本当に辛かった。今でも毎日苦しんでいます
母は私に嫌がらせこそしなかったけど、ただそれだけでした。
育ててくれたしその為に大金も使ってくれたし美味しい食事も作ってくれたし他愛もない話をするのも楽しかったです。
でも、助けてはくれませんでした。その一点だけが、今も私の中で私を苦しめています。縋る思いで相談して、信じてもらえなかった、助けてもらえなかった当時のあの絶望を昨日のことのように思い出せてしまいます。忘れたいです。
この前母が私のブログを読んでくれて、LINEで謝ってくれました。
私は「大丈夫だよ。誰も悪くないから気にしないで」と言いました。
でも私は、本当はそんなこと思えません。誰も悪くないから大丈夫だよなんて、全く思っていません。
私は不孝者です。本当に申し訳ないですが、もう関わりたくないです。20歳まで私が生きてたら、もう実家のどなたとも関わっていたくないです。私に家族はいないです。最初からいなかった。
あの家族は私がいなくなったことで成り立っているから、また私が関わることによってバランスを崩したくない。嫌がらせを受けるのも暴言を吐かれるのももう嫌です。何度訴えても何も変わらない、言葉が通じない歯がゆさはとても気持ちが悪くて、あの感覚はもう味わいたくないです。
まだ家族で話せてた小学生の頃、夜に全員でよく散歩にでかけていました。途中コンビニに立ち寄って、歩きながら母や娘さんは食べ物を食べていました。母はそのゴミを街路樹の植え込みに捨てました。それを私が拾ったら、母の娘さんに怒鳴られました。びびりました。
とても強い台風の日、息子さんが友達と遊びに行くと言いました。「危ないから今日は外に出ない方がいいよ」と言ったら殴られました。
娘さんと息子さんにランドセルをあさられて、リコーダーを隠されて教科書を隠されて筆箱を天井に貼り付けられました。全部全部覚えています。「首吊って死ね」と言われました。何を言っても「富江には絶対無理笑」と言われました。「髪が汚いから伸ばすな」と言われました。入浴中に脱衣所の鏡に「ブスしね」と書かれました。リビングですれ違うと必ず「キモしね」と言われました。学校帰り、家を締め出されてなんでそんなことするの?と聞くと「死ね」と言われました。ピアノの習い事に行く前リビングで仮眠をしていたら、油性ペンで顔に落書きをされました。「ピアノ下手だから早くやめろ」と言われました。
とてもつらかったです。
縁を切りたいです。20歳まで生きていられる自信も今は無いです。
ただ普通に生きたかった。嫌がらせなんてしてこない、されても守ってくれるような優しい家族と幸せに生きたかっただけでした。虐められたくなかったです。普通の家庭に生まれて、虐められることなんて一生無いまま高校生になって大学生になって、仕事して結婚して幸せになりたかっただけなんです。もう何も叶いません。
家の人達に名前を呼ばれるのもすごく嫌でした。私は私を守ってくれない人や私に嫌がらせをする人達のために名前があるんじゃないです。
謝ってくれるなら、もう絶対に一生私の名前を出さないでほしいのと、私が20歳になったらもう一切の連絡も取りたくないです。
「これからのこと一生懸命考えるね」と言ってくれましたが、その気持ちは本当にありがたいのですが、これから があることが私にとって嫌です。もう家の方々の誰一人とも関わりたくないんです。もう解放してください。
あの時守ってもらえなかった事実がある限り、もう関係の修復は不可能です。
本当に本当に不孝者でごめんなさい。
お母さんのこと大好きです。可愛くて優しくて料理が上手で明るくて大好きでした。でもとてもつらいです。ごめんなさい