「好き」



別に対人ではなくとも使うことはそれなりにある.
だが,そのキーワードは本来相当限られた対象にのみ
言うことができるハードルの高い言葉であるはず.



趣味はxxで~xxが好きです~



散々聞き飽きた言葉だが,その見識・知識のレベルの低さに
呆れることにももう飽きたことも事実.

どや顔で「車好きです」とか言われて知識披露が始まる光景に
何度も出会ったことがあるが,そのレベルの低さに呆れさせられることばかり.
一言ツッコミを入れ“そこまで必要ない”とか“知らなくてもいい”とか
こちらが想定したレスポンスがほぼ100%返ってくるのみ.

「ああ,やっぱり」と心に思いながら流したり,ふーんと流したり.
スタートからゴールまで,事前に完全に想定されたそのやり取りは
価値が存在するのだろうか?というかしないから足掻いてるだけとしか.

試しに「その程度しか知らないクセに,好きとか言っちゃうんだ?」と
伝えると十中八九,発狂するのは想定できますよ.
じゃぁほかに良い一例を提示してみましょう.



十分それらを知る機会があったはずのとある誰かに,
誕生日も趣味も好きなものも何ひとつ知らないその「誰か」に
“あなたのことが好きです”って言われて,信用できますか?

これにまともな理論を以って反論してきたヒトと出会ったことがないですね.