僕は小さな頃
野球をしている時
大ケガをして
3ヶ月間入院した
今日のように
暑い夏の日だった
その時となりの部屋に
両足がない人がいた
その人の心には
高い壁があったけど
最後には友達になった
彼が言った言葉が
暑い夏のせいか
ふと頭をよぎった
今の君はケガをしている
だけどいつかは治る…
両手両足のある
君の一日は
僕にとっての
夢の一日なんだ…と
僕らの
なんでもない一日は
誰かの夢の一日
僕らの
なんでもない一日は
誰かの夢の一日
僕の頭の中
リフレインは今年の夏も
止まらない
さぁ
夢の一日を
今日も
フルに生きよう
白
聞けるチャンスがあるなら聞こう
話せるチャンスがあるなら話そう
時は待ってくれない
命は待ってくれない
僕等はそのチャンスを与えられた
最後の世代だ
僕は長崎に生まれた
だから他の人よりは
直接話せるチャンスがあった
具体的な経験や体験をした人の話は
心の奥底まで届き響き渡り抉る
あまりにも酷い核の所業
世界中でもう二度と使ってはいけない
NAGASAKIを最後の街に
しなければならない
Last City NAGASAKIを合言葉に
被爆者を世界中のどの国にも
もう出さないために
その為に
この国に生まれた僕等が出来ること
それは知ること
一人一人が知ることだけでも
きっと変わるから
知ろう
もっと知ろう
愛すべき人の未来のために
白
この詩を原爆で一瞬で亡くなった74000人の僕等と同じ命とその後、苦しみ抜いて亡くなった約数万人の被爆者と呼ばれた僕等と同じ命とその何倍もいる家族の哀しみに捧げます。












