じ~は大学進学で上京して来た
卒業はしたけど仲々自分に合う仕事は見つからなかった
まぁ、真っ当なサラリーマンは向いてないので
寄り道、そしてまた寄り道の人生である
その中でも30半ばを過ぎての長野での生活は
「残り半分の人生をどう生きていけばいいか?」
を示してくれた大事な数年間であった
住んでいたのは白馬村である
そう、長野五輪・スキージャンプ台のある、あの白馬なのだ
元々白馬は「塩の道」の途中にある小さな集落であった
塩の道は、中世において日本海側と太平洋側から信濃国に塩を運ぶ役割を果たし、現在の塩尻市で合流
新潟県側の千国街道(別名:糸魚川街道・松本街道)は、糸魚川~松本~塩尻と続く
白馬は松本文化圏だったようだ
松本市は城(松本城)を中心とした城下町
上手く撮れてるでしょ
(笑
長野に行くには、険しい山道を走らなければ至らなかった
それがオリンピックのお陰で立派な道路が完成
1時間かからずに行けるようになったのだ
長野市は善光寺を中心とした門前町である
母親の実家が日本海「塩の道」の起点になる糸魚川だったせいか
長野に対しては妙に親近感が湧くんだ
母方の親族が住んでいるせいもあるかな?
長野って農業県であり、精密機械を中心に発展した工業県でもある
そして観光で食ってる県でもあるのだが、妙によそ者に冷たい
な~んて、つらつらと書いたが
『信濃の国』は歌えないので本当の長野県民ではないのかもね
そんな長野・・また行きたい場所でもある
ちょっと支離滅裂っぽいかな![]()
