聞きました。
ライカでお友達にフラゲしてもらって、
受け取ったのは、新宿にあるマクドナルドうちの一つの2階。
受け取った瞬間、
わぁっと気持ちが膨らんで、泣き笑いな感じ。
いまさらー?って、セルフ突っ込みですよ。
(苦笑)←これ、あんまり好きな表現じゃないんだけど、まさにこういう感じでした。
自分に対してね。
ほんとに、いまさら怖気づいてるのがあほらしくってねぇ。
たぶん、ラストだって、実感しちゃったんです。
CDが出るのは、曲が聴けるのはとてもとても嬉しいのは変わりないのだけどね。
うちに帰ったら聴くぞ、と決めていながらもいろいろ寄り道の用事を作ったりして、
結局うちに帰ったのは、12時近くになってから。
往生際が悪かったよなぁ。
それでも、帰宅したらデッキに直行してスタートボタン押してましたからね。
コートも脱がずに(笑)
結局、聴きたくって仕方なかったみたい。
で、こう、帰宅するまでにもいろいろ考えがめぐってね。
たとえば、この音源を、聴くも聴かないも、私の自由なんだよね、って。
どういうことかというと、
どんなに聴いて欲しい、届けたいっていう思いの詰まったCDであっても、
私が聴かないよ、と思ってCDをデッキに入れなければ、それは届かないのね。
上から目線の話じゃなくて…
なんていうんだろう。
差し出された音や手に向かって、常に手を伸ばし続けなければ、得られないのかもって思ったのと、
数ある音の中で、それに手を伸ばす選択をした意味というか、理由とか。
そうそう、それから、なんて、奥ゆかしいのかしら、と思ったのだわ。
音というか、CDは聞いてもらう人がいなければ、ただの円盤じゃないかって思って。
持ってるだけで幸せ、なコレクターズアイテムは除いて、の話だけど。
よく、手にとってもらうのを待ってる、ていう表現を、本の世界でも使いますが、
CDも同じかなと。
主張激しいCDだってあるだろうけど、それにしたって、外見の話でいえば、12cm強。
ほらっ、奥ゆかしい!
そしてそんな音源が愛おしいです。
発売から、ずっとずっと、リピートで聴いてます。
Diamond、いい歌です。
っていうか、聴いたときに、「やられたー!」って思って、笑っちゃった~
こんなに前向きな歌作ってくる人たちに、笑顔以外のなんの顔をむけりゃいいの?って。
いろいろ、感情ぐるぐるしてて、冷静には聴けないけど、
それって、大好きとか、愛おしいとか、そういう感情で。
しょうがないなぁ、もう好きにしたらいいよ!
どこにでも、好きなところへ行けばいいよ、それでも私は兄さんたちが大好きだよ!
って気持ちでいっぱいです。
ほんとにね。
ライブの前だけど、言ってもいい?
アンダーニース、愛してます!
大好きー!