GOOD-BYE MY YOUTH | ディク*ブロ

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津田です。
今日はお知らせがあります。


実はかねてから所属してきた「Quintet CIRC」を卒業する事しました。
既にご存知の方もいらっしゃると思いますが。。


僕自身にとって音楽は「すべて」です。
気がついたらいつも一番そばにあったものが音楽でした。
楽しい時も辛い時も、嬉しい時も悲しい時も。

音楽が自分にとって重圧になった事もありました。
でもずっと大好きだからやめなかった。
…やめなかったというよりは、やめる事が出来なかった、が正しいかな?


3歳から音楽教室に通い、小学・中学・高校・その他の部活諸々を経て、専門学校と音大のクラシック科で基礎からサクソフォンを学び、音楽も音楽以外もたくさんの事を知り、経験してきました。
多くの人に支えられて教えられてきた人生。
まさに僕の「すべて」。


専攻してから、楽器としてのスランプはあったものの、純粋に「もっと上手くなりたい」という一心で努力をしてきました。技術面での向上期としては、専門的に学んだという事は本当に大きな事でした。
ですが大学の3~4年生頃になって自分を見失いかける事がしばしば。
音楽に対する真っ直ぐな、自分自身の「真髄」が見えなくなっていったような…


今考えたらそれも成長の過程の一つかもしれない。
でも当時、事態はどんどん深刻になっていきました。
演奏の最中に何度も頭の中が真っ白に…。


僕は元々集中力がない方。
自分で言うのもなんですが、要領はそんな悪くないのですごーく長時間やらなくてもコツを掴めるタイプです。コツさえ掴めばこっちのもん的な。笑
だから集中力が途切れてる事は元々よくあったし、途切れてもそんなに気にしてませんでした。

でも「演奏中に頭が真っ白」病はそんなレベルを逸脱していました。
こんなに怖い事なんかない!ってくらい怖い。
恥ずかしい話、プレッシャーで過呼吸になり倒れた事も何度もあります。
胃潰瘍にもなったっけ。急性胃腸炎にも。
ストレスで帯状疱疹も出来ました。
夢では毎日のように、演奏中に椅子から落ちたり、急に譜面が無くなったり、息が苦しくなって楽器が吹けずに演奏が途中で止まって…
はっ!として何度も目覚めたりしてました。

楽器もやめようと何度も思いました。
音楽の中で、その手段を「楽器(サックス)」という形で選んだ事を何度も後悔しました。

本当にそう強く思ったのは大学の卒業試験の時。
勿論頭真っ白病になりました。
「もう限界だ」って思ってました。

自分にはむいてない。サックスを吹くべきではない。。

…でも何故か(?)卒業演奏会に選んでもらえました。
奇跡的です、あんな演奏で。
同情してもらえたのかな???笑


でもそれから僕の中で何かが吹っ切れたんです。
だから学生生活の最後の最後の本当に最後の演奏、卒業演奏会では自分が今まで吹いた中で一番共感出来た曲を吹こうと思いました。

ノルウェーの民主化革命を題材にした曲。
叫びや戦い、葛藤や悲しみ、自由へと駆け巡る想い。
民衆の叫びともいえる「自由の鐘」が曲中何度も鳴り響きます。
近現代曲なので一般的には音列やハーモニーの理解がとっても困難な曲。
でもこんなにメッセージが強くて人間の色んな感情を表した曲があるだろうか?
僕にとってはまさにコレという曲でした。

大きな舞台でその曲を吹いた時、長かった「頭真っ白」病から初めて解放されました。
そして心から「音楽と出会えて本当に良かった、音楽が大好きだ。」と思えました。
一生忘れない。


それから卒業して、プロとして活動し始めました。
(大学の時からお金貰ってたからその前からプロっちゃプロか。)
勿論大学の延長でクラシックプレーヤーとして。
でもまた始まったんです、「頭真っ白」病。

本当に嫌だったし辛かった。
毎日ぎりぎりの精神状態です。
なんでこうなるのか?自分でもその答えが全然わからなかった。
自分でいうのもなんですが…よくやったよ、津。笑


そんな中ディクターで札幌、京都、東京でリサイタルを決行しました。
正直不安だらけ。
練習しても真っ白になったらおしまい。
だから沢山練習しました。
譜面は全部覚えました。
でも不安だらけでした。
そして…多くの方に支えられて無事リサイタル全公演終了しました、が。
リサイタルでも…実は何回か「頭真っ白」病になってました。汗
情けない。

でも、実はもう一つあるんです。
僕が両親の為に選曲させてもらった「カッチーニ/アヴェ・マリア」、自ら編曲して自分なりのメッセージを込めて演奏した「EARTH」、それぞれの出身都市でアンコールで演奏した「ふるさと」。
この3曲の時は卒業演奏会の時のような気持ちになれました。
「音楽と出会えて本当に良かった、音楽が大好きだ。」って。


僕にとって音楽は「すべて」です、じゃあぼくにとっての「すべて」とは?
それを見失っていた事に初めて気がつきました。


小さい時、僕は転校の多い子でした。
いじめられる事もよくあったし、やっと仲良くなってきて打ち解けた時にサヨナラなんてしょっちゅう。
正直なんとなく、誰にも本当の気持ちなんて伝えた事がありませんでした。
でも音楽はいつも傍にいてくれていつも自分の事を支えてくれた。
音楽だけにはいつも素直でいれました。


音楽の道を目指すきっかけは
「人の心を動かしたいから」
辛い時に自分自身を支えてくれた時のように、ひとりぼっちの時も傍にいてくれたように。
そんな時々に感じてきたモノを自分が人に与えられるようになりたい。
ずっとそう思って続けてきました。


クラシック音楽とは…僕にとっては「作曲者が曲に込めた想いの代弁」です。
作曲者が意図した想いを分析し、音を通して代弁する。
素晴らしい事です。
共感出来る曲は心から自分の解釈したメッセージを音を通して伝えられる。
でもそうじゃない曲は。。。
分析はするし、自分なりに解釈もするけど…心のどこかでずっと思ってました。
「それは僕の本当の言葉じゃないから。。。」


僕は伝えたい。表現したい。
音の一つ一つが操作され、誰かに作られたモノじゃなく、荒削りでも不器用でも自分自身の魂の叫びを届けたい。代弁でも偽りでも演じる事でもなく、照れくさくても正直に僕自身の心からの言葉で表現したい。
そして、誰かの心を動かしたい。
それが僕にとっての音楽、僕にとっての「すべて」。



辿り着いた僕の答えは、自分自身に転機をもたらしました。
もっと違う音楽のスタイルで表現したい。
理解し、応援してくれたCIRCのメンバーの方に心からありがとうを伝えたいです。
僕もCIRCの事、ずっと応援してます。

そして僕にとっての青春だった「クラシック」にサヨナラします。
クラシックがなかったら大事なものに気がつく事が出来なかった。
出会えて良かったし、これからも愛する気持ちは変わらないです。
でもプロの表現者として音楽をやる以上、自分が納得出来ないものでお金はもらえない。
いつも人の心を揺さぶるモノ・人を動かすモノを「音」で伝えていきたい。
自分にしか出来ない事を自分だけの言葉で表現したい。

僕は新たなる道に進もうと思います。


…今後の活動!?
見て(聴いて)のお楽しみという事で。笑



長々熱く(ウザめに)書いちゃいましたが。ここまで読んでくれた方、本当ありがとうございましたm(_ _)m最後にもう見れない貴重(!?)な津 on CIRCの写真でお別れしたいと思います。

Good-bye My Youth !
GOOD BYE MY YOUTH