8月5日、JR東海所属の117系で最後まで残ったS9編成が、大垣から浜松工場へ廃車回送されました。
この報に接して私も、いつもの通りもろもろやり繰りして、いつもの木曽川にお見送り兼撮影に馳せ参じようと企んでいたんですが…、
”いつもの”理由(謎)で撮影不可となりました。(ToT)/~~~
さてお見送りは逃しましたが、それこそお見送りのつもりで撮影に臨んだいくらかの在庫がありますので、惜別ということでご披露します。
まずは臨時扱いながらも、コンスタントに走った最後の運用、「ほたるトレイン117」(2013)の最終日の画像です。
稲沢のランドマーク、エレベーター会社のタワーをバックに、名古屋への送り込み回送。

'13.6.16 回9528F 清洲~枇杷島間にて
つづいて同じ日の本運転往路、清洲駅バック定番の日下部踏切付近で。

同上 9531F 清洲駅付近にて
直前まで、日没寸前のエロエロ光線だったのですが、まさかの曇に(涙)
このあたりで撮影したのは、日没時間と自宅から近いというほかに、稲沢線を行く姿が撮りたかったからです。
実は「トレイン117」については、その気になってまともに撮ったのはこの日が初めてとなりました(といっても、ついでに撮ったトレイン117の画像すらも、ここまで1枚もありませんでしたが…汗)
それでお別れ、と思っていましたが、情強の諸先輩よりその後も何度か臨時運転情報をいただき、なのにそれらをことごとくフイにして(ごめんなさい!)、ようやく撮りに出かけたのがこれまた、客扱いとしては最後になると見込まれていた、7月21日の臨時運転でした。
その日は三河方面に朝から用事があり、それと掛け持ちできたから、でもあったワケですが←
この日は豊橋→天竜峡という、なかなか泣かせる区間での運転。
旧国の昔からの超定番、東上~野田城のカーブにて。

’13.7.21 幹1203「ありがとうトレイン117」9431M
ゴハチのイゴナナ工臨を追っかけて飯田線に通ったのは2007年秋まででしたか…数年ぶりの飯田線南部訪問。沿線各所の風景の懐かしさに、涙がちょちょぎれました。
廃回は行けなかったので、これが私の東海117系のラストショットになりそうです。
中京地区の国鉄にも新しい風を吹き込み、名鉄7000系の白帯車登場の引金ともなった117系。
都市間輸送のエースが最後にはジョイフルトレインのように変貌して余生を過ごすとは、まさかの展開で予想だにしませんでした。
西にはまだ100両を超す仲間があるとはいえ、長い間お疲れ様でした。