この記事をご覧になって、
「あれ?こいつ今日は特雪行ってるんじゃなかったの?」
とお思いになった方は、結構いらっしゃるかも知れませんが、今日は都合により行ってません(^_^;)
現地の画像がぼちぼち上がってきていますが、予報に反して、晴れ間ものぞくまあまあの天候だったようですね。
さて、新聞に記事が上がったのが去る1月9日の話ですからいささか旧聞に属する話題ですが、
青森港に今も残る、旧青函連絡船のひとつ「青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸」(公式HPは→こちら)が、老朽化により、場合によっては廃船の危機に瀕しているそうです。(記事は→こちら『河北新報』Webより)
すぐにリンク切れの可能性がありますので、以下に一部抜粋します。詳しくは上記のリンク先をご覧ください。
「青森市の青森港に係留、公開されている「青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸」を存続するか、廃船とするかをめぐり、市が進める論議が注視されている。就航から50年近くたち、老朽化が進む船体の維持には多大な費用が見込まれる。船を所有する市にとって悩みの種だが、連絡船の歴史的価値が再評価され、市民からは存続を望む声が上がっている。市は本年度内に結論を出す方針だ。」
・・・なんだそうです。
個人的にこの船には思い入れがありまして、学生時代あと数日で卒業(できるはず?)という時期に、お金もないのに強引に出かけた北海道旅行の渡道とその帰り、往復2回とも利用した便に偶然「八甲田丸」が当たったのです。
「東に行きやすいのは今しかない!」(4月から地元に戻るため)と、5泊6日をすべて宿に泊まらず夜行便で夜を過ごしたこの旅行、初めて北海道に渡ったのも忘れられないのですが、すでに青函トンネルの開通がアナウンスされていて、「青函連絡船に乗るのもこれが最初で最後かなあ」と、関東から離れる寂しさと青函連絡船がなくなるという旅情がないまぜになって、忘れがたいものになりました。
帰りの便で撮影してもらった「八甲田丸」甲板上の私。

おそらく当時お付き合いのあった方々以外は、これが私とは信じられないことでしょう(苦笑)
往きは昼間の便でしたが、帰りは夜行便に乗りました。
青函連絡船名物「海峡ラーメン」というのがあると聞いていたのですが、「それは帰りの便で食べよう」と思い、往路では食堂の前まで行きながら、省きました。
そして帰りの便に乗ったら、食堂は深夜のため営業していませんでした(+o+)
帰りの青森では、朝着いてから南部縦貫鉄道を乗り撮りに行き、上野へ帰るための夜行急行「津軽」を待ちました。時間があったので行ったのが、完成したばかりの「青森アスパム」で、確か有料だったと思いますが、13階の展望台に上ってみました。
そこで見えたのが

タグボートに押され、接岸せんとする八甲田丸。 (右下クリックで拡大します)
(追記:タグボートは「補助汽船」と呼ばれ、ここに写っているのは”青船”こと「ふくうら丸」だそうです。)
向かって左で桟橋に着岸しているのは、形態と色からみて「檜山丸」と思います。
南部縦貫鉄道から帰って来てまたまた見たのが、私が下船してから更にまた北海道まで1往復して来たであろう八甲田丸の姿でした。
これで更に、私には八甲田丸は忘れがたい船となりました。
そんなわけで八甲田丸には思い入れがあるのですが、「青森まで新幹線も開通したことだし、いつの日かまたあの八甲田丸を訪れてみたいなあ」とときどき考えていました。
いつかは来ると思っていた今回の事態、上にもリンクしました公式HPを見ても分かる通り、運営に携わる方では、いろいろとイベントを打ったり頑張っているようですし、新幹線開通後は来客が倍になったというような明るい話もあります。