先回の記事(→こちら)では、大雄山線5000系の入場車の、線内輸送の様子をお届けしましたが、先回も少し触れました通り、小田原から駿豆線の起点三島までは、JR東海道線を経由した、甲種輸送の形を取ります。
 
先回、「ワムと電車が併結され、”混合列車”のようになる」とお伝えしましたが、同じ日に、その”東海道線の部”を撮影されていた、当ブログのリンク先のTOBBYさんがその一部を撮影されていました。
※TOBBYさんの記事→こちら
(先回の記事にトラックバック頂いたものですが、改めてご紹介させて頂きます。)
 
この甲種の列車の小田原および三島での、伊豆箱根鉄道とJR貨物の電車の受け渡しのシーンも、なかなか興味深いものなのですが、今回は時間の関係で、撮影は出来ませんでした。
興味がある方は、Webページや動画でアップされている方がたくさんおられますので、ぜひ検索してご覧になってみて下さい。
 
さて、三島からの駿豆線内大場工場までは、大雄山線内の電車(コデ165)牽引とは異なり、電気機関車ED31形の牽引となります。
ED31形は2両いて、それぞれED32・ED33と付番されています。
ED31形は、かつて西武鉄道E31形(初代)として1948年に登場した、東芝戦時標準型になります。(詳しくはこちら→ウィキペディア「西武鉄道E31形電気機関車(初代)」)
戦時型とはいっても、初代E31の登場は戦後の1948年になるわけですが、もともとはウィキペディアにありますように、何とあの南満州鉄道(満鉄)が戦時中に発注したものだったそうです。
西武鉄道の古典機関車といえば、割と近年まで生き残ったものとして、E41やE51、E61といった形式がなじみ深いのですが、それもそのはず、この初代E31は、製造から年数も浅いのに、1952年と1953年に、相次いで伊豆箱根鉄道に移籍しています。
 
「東芝戦時標準型」といえば、あちこちの私鉄に同型車が存在していたことは有名ですが、私たち名鉄沿線に住んでいる者にとってはなじみ深い、名鉄のデキ600形もそうですね。
私は数年前から、こうした名鉄以外の私鉄の機関車のファンにもなりまして、今回のEDの撮影も、非常に楽しみにしていたんです。
 
 
先回のコデ165の単回を撮影した後、小田原厚木道路→箱根新道→国道1号線と移動して、私たちは三島に移動しました。
もともと大雄山線でも雨に降られましたが(富士山は見えていたようです)、箱根の山越えでは、かなりの雨と霧に参ってしまいました。
箱根ってやっぱり「天下の険」ですね。
箱根は初めてではありませんが久々で、あんなに険しかったとは・・・認識を新たにしました。
 
 
撮影ポイントに関しては下調べは少しはしてありましたが、初めての場所なので迷いつつ、結局定番ポイントに来ました。
そして
イメージ 1
ED32 回送 大場~三島二日町間にて(右下クリックで拡大します)
 
キター!!
今回は、ED32がやってきました。
いやあ、渋いです!
古典電機独特のごつい車体と台車、渋いこげ茶色の車体・・・いいですね~。(^o^)/
これが見たかったんですよ。
 
デキ600を見慣れている身には、台車が旧型国電のようなものに変わっているのが少し違和感がありますが、もともとデキ600と同じような板台枠だったものが、西武時代に旧型国電の定番のひとつ・DT12に交換され、その後伊豆箱根鉄道に移って来てから、TR22に交換されたとのことです。
 
この時は、50mmF1.4のレンズを貸して頂きました。
単焦点というのは初めて使いました。
何だか新鮮です。
何よりも、解放値F1.4というのが、ものすごく明るいということが実感できました。
私も一つ欲しい・・・(^_^;)
 
振り向いておまけの後撃ち。
イメージ 2
大場~三島二日町間にて(右下クリックで拡大します)
 
こんなのどかなロケーションでした。
一区画向こうの道にはご覧の通りの同業者さん。
この区間では、この向き(北)に向いて、三島から修善寺に向かってくる列車を、富士山を入れて撮るのが定番なんだそうです。
後から調べたら、このポイント、三島地区では竹倉踏切(ブルートレインなど富士山バックで撮れる、有名ポイント)かここか、というほど超定番な場所だそうで。
竹倉なら私も知っていましたが、こちらは知りませんでした汗
 
私もここで、富士山とのコラボをぜひ、と思っていたのですが、厚い雲が・・・
 
(つづく)
画像は'10.6.21撮影
 
イメージ 3
 
 
 
イメージ 4