一昨日のこと、ネット巡りをしていて、ある方のブログで、衝撃的なスクープ写真を見てしまいました。
 
JR東海の浜松工場に随分前から保管されている、クモヤ90があります。
クモヤ90005、今度金城埠頭に開館する「JR東海博物館」の収蔵車両として、注目を浴びたことは、記憶に新しいですね。
 
クモヤ90005は、こんな電車でした。
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'99.7.25  「新幹線なるほど発見デー」会場(浜松工場)にて
 
その、クモヤ90005と思われる電車の「顔」、つまり先頭部が、『ロクサン』そのものに変わって(改造?復元?)いるのです。
その『クモヤ90改・ロクサン』が、浜松の庫の中から顔をのぞかせている、鮮明な写真でした。
 
これには、本当に驚きました!
 
 
 
「ロクサン」と聞いて、鉄な皆さんは何を思い浮かべるでしょうか?
まず想像するのが、かつて碓氷峠で活躍していた、「EF63」・・・という方は多いでしょう。
でも、昔からのファンの方の中には、「ロクサン形電車」を思い浮かべる方も、多いのではないでしょうか。
私も、そんな中のひとりだったりします。
 
「ロクサン形電車」とは、太平洋戦争中の鉄道輸送(兵器生産への動員の通勤用)のひっ迫を解消するために、戦時設計で戦後にかけて大量生産された、有名な電車です。
(詳しくはこちら→Wikipedia「国鉄63系電車」
 
ロクサン形電車は、戦時設計ならではの徹底した節約思想が反映されていますが、その副産物として、それまでの電車にはなかった、「全長20メートル・片側4扉」という、21世紀の現在に至るまでの”通勤型電車のスタンダード”を確立したという点で、日本の鉄道史上に残る電車なのです。
 
余談ですが、ロクサンは、私鉄にも譲渡され、名鉄にも初代3700系として一時在籍していました。
 
 
詳しくは上述のウィキペディアをご参考にして頂きたいのですが、ロクサン形電車は、不幸な生い立ちとたび重なる事故により、生産後まもなく、ほぼすべての車両が「72系(73系ともいう)」に発展的改造を受けます。
72系は、長きにわたり通勤電車の主力を務め、やがて新性能電車の101系や103系にそのスタイルを受け継いで、引退していきました。
そんな中で、余剰になっていた72系の一部が事業用車の牽引車・クモヤ90に改造されました。
つまり、「モハ63→モハ72→クモヤ90」という変遷です。
 
浜松のクモヤ90005は、JR東日本の大井工場に最近まで存在していたクモヤ90801(※注)と共に、ロクサンの面影を強く残す、歴史的価値がある存在です。
ロクサンは700両以上も生産されたのに、その原形を残す生き残りが、近年はその2両だけになってしまったのです。
浜松のクモヤ90005がJR東海博物館展示に選ばれたのは、そんな歴史的価値を評価されて、ということは、ほぼ間違いないでしょう。
 
ロクサンの外観上の一番の特徴は、換気性能向上とガラスの節約のために考案された、「三段窓」です。
クモヤ90005には、ほぼ原形通りに、三段窓が残っています。
 
三段窓の様子
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しかし、いくらロクサンの面影を強く残しているからって、まさか、ロクサンそのものへの復元にまで踏み切るとは・・・びっくり仰天!
 
そういえば、随分前ですが、同じく博物館に行くEF58 157が、前面窓をHゴムから原形小窓に復元され、茶色塗装に改められつつあるのが目撃されていますし、旧佐久間レールパークに残るクモハ52も、ベンチレーターがガーランド型に・乗務員扉が埋められる・・・などの原形復元が進んでいるようです。
こうした昨今の動きを見ていますと、新しい博物館への展示車両は、原形復元ということに力が入れられているように感じられます。
 
そうすると、同じく営業用→事業用の道をたどった、クモハ12041(←クモヤ22←モハ10←モハ30)も、まさかのモハ30に復元?
クモハ12041は昨年のイベントに合わせて一度整備されていますが、そのまま展示されるのか?
・・・などなど、他の車両に関しても興味は尽きません。
 
 
ただ私のような、「昔を中途半端に知っている世代」としましては・・・
クモヤ90はクモヤ90のままでもよく、イゴナナは最近までの姿だった、青のイゴナナのままでいいし、クモハ52は戦前の京阪神で活躍したモハ52でなくても、飯田線で最後まで親しまれた末期の姿のままでよかった・・・
そんな複雑な感じもします。
 
皆さんはいかがでしょうか。
 
 
:クモヤ90801は、今年になって、大井工場内で解体されていると思われる画像がネット上に上がりました)
 
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