食事を終えた私達だったが、お礼のはずが結局おじさんにご馳走になってしまった。

おじさん曰く、
自分の娘程の女性に払わせるわけにはいかないとのことだった。

ふと一人になるとどっと疲れがきた。

今日は沢山したいことがあったのに、もうどうでもいいような気がした。

私はこういう気分の時に決まって行きたくなる場所が2つある。

今日はそのうちの1つの映画館に行くことにした。

あの薄暗い空間と心地好い椅子、大音量が堪らなく好きだ。

しかも平日の昼間に一人で行くことが。

たまに襲って来る睡魔と葛藤を続けることも良い。
それに負けて寝てしまうと、すごく気持ちが良いが、映画が終わって起きた時は何とも言えない気持ちになる。

私は早速映画館に向かった。

さっきまでの疲れとは裏腹になんだかわくわくしてきた。

映画館に着くと私は見る映画を決めて、オレンジジュースを買って中に入った。
やっぱり平日の昼間の映画館は最高だ。
私はいつも思う、

こんな時間に映画館に来ている人はどんな人達なんだろう。

大抵は女性なので、
主婦?
が多いのだろうか。

そんな私も人のことは言えない。

私も同じように思われているのだろうと思うと、少し可笑しく感じた。

今日はもうお昼も過ぎて午後3時に近いけど、私の本当のお気に入りの時間は、朝一の上映だ。

映画館によってはファーストショーで安く見られるところもある。

それになんと言っても、平日の朝から映画館で映画を見ることが心地好いのだ。

そんなことを考えているうちに館内は暗くなっていた。

ようやく始まった映画の冒頭を見て私は言葉を失った。
こういうのはドラマや映画の中の話だとずっと思っていた。

私は映画に集中出来ていないのが分かっていた。
駅員さんに事情を聞かれていると、お巡りさんが駅員室に入って来た。

彼の表情が曇った。

まさか警察を呼ばれるとは思っていなかったと言ったような感じだ。

お巡りさんは取り敢えずと言って警察署まで来るように言った。

もちろん彼は反抗した。

「何を意味の分からないこと言ってんだよ!俺は警察に連れていかれるようなことはしてない。」

お巡りさんはゆっくりと彼に言った。

「別に何もなければすぐに帰れるから、来なさい。あなたが電車の中で暴れていると通報があったんだ。」

この言葉にも彼は反抗した。

「暴れてねーし」

もちろんそんな反論は今更認められる訳もない。

私たち3人は警察署に連れて行かれた。

私とおじさんは事情を話すと、今日はもう大丈夫とのことで、帰された。

おじさんもペットボトルをぶつけられただけで特に怪我もしていなかった。

そんなに大きなことになりそうもないと私は思った。

一応と言うことで、私とおじさんはお巡りさんに連絡先を聞かれた。

また何か聞くことがあったら連絡しますとのことだ。

外に出ると私はなんだか一日が終わったような気分だった。

実際にはまだお昼をちょっと過ぎた頃なのに。

「足大丈夫ですか?」

おじさんが聞いた。

またもやすっかり忘れていた私は、ふと思い出し

「あ、大丈夫です。本当にすいません、ありがとうございました」

「いえいえ私は大したことはしてないですよ。あーいうの見るとなんかね…」

と言っておじさんは笑った。

私も自分のヒールに目を向けると笑ってしまった。

私はなんだか疲れてしまって、出かけるはずだったのにどうでもよくなってきた。

「あの、」

私はおじさんに話しかけた。

「もしよければお昼ご飯でも行きませんか。さっきのお礼と言うことで。」

するとおじさんは少しびっくりしたような感じで私を見た。

「お礼なんかいいですよ。こっちこそ余計なお世話じゃなかったですか。」

私はそんなおじさんがかわいく見えた。

自分の父親ほどあるおじさんなのに。

私はもし迷惑じゃなければと言うことでともう一度おじさんをお昼ご飯に誘った。

おじさんも2度も言われたら断れないと言うような表情だったけど、誘いにのってくれた。

私はちょうど近くに前に来てもう一回行ってみたいと思っていたお店があるのを思い出して、そこにおじさんを連れて行った。

なんだか不思議な気もしたけど、ちょっといつもと違う感じがして楽しさも感じていた。
彼は20代前半といったところだろうか。

まだ十分に若々しさが残っており、どこか刺々しい部分がある。

それが今の彼の態度だ。

私は彼にはっきりと言った。

「もう別に謝りたくないならいいですから、このヒールどうにかしてください」

私は彼がどうするのか少し期待しながら、彼の返事を待った。

すると

「どうにもしねーよ。別に俺がぶつかったから折れたってわかんねーし」

この言葉にさらに驚いた。
どういう風に育って来たのだろう。
彼の周りにはこんな人ばかりなんだろうか。
何だか少し彼が可哀相に思えた。

私はもう怒りを通り越して呆れるしかなかった。

ただ私はここにもう一人いることをすっかり忘れかけていた。

おじさんだ。

私の予感は当たった。

おじさんはさっきの彼の言葉でそうとう頭にきたようだ。

このおじさんにも彼と同じくらいの子供がいてもおかしくない。

それがさらにおじさんの怒りをかっているのかもしれない。

自分の子供と同じくらいの彼の態度に。

もしおじさんに子供がいればの話だけど。


もうおじさんの表情も全然穏やかじゃない。

「お前、何を訳の分からないことを言ってるんだ!お前が壊したんだから責任をとるのは当たり前だろう!全くお前のあほさ加減には呆れるな」

かなり強い口調で言ったため、電車の中の他のお客様さんの視線もこっちを向いてきた。

ちょっと恥ずかしい感じだ。

だが次の瞬間みんなの表情が一瞬止まった気がした。

彼が持っていたペットボトルをおじさんに投げつけたのだ。

これには私もびっくりして、それ以上に周りにいた人達が慌てていた。

そこにいた何人かが彼を後ろから押さえて、止めるように言った。

だが彼は押さえられて自由の利かない上半身を気にせず、おじさんを蹴った。

おじさんも何が起こったかわからないような表情をしていた。


駅に着くと後ろから押さえていた二人が彼を電車の外に出した。

そして私とおじさんにも出てくるように手招きをしている。

私はおじさんを呼んで、電車を降りた。

間もなくして駅員がホームに来て彼を駅員室まで連れていった。

もちろん私とおじさんも一緒に呼ばれた。

彼を電車から降ろした二人はもういなかった。

駅員さんに聞くと、ちょっと話を聞きたいから一緒に来て欲しいと言ったが、彼らは急いでいると言ってそのまま電車に乗って行ってしまったという。

私とおじさんはその二人の事も聞かれたが、彼らはただ電車から降ろしてくれただけだと説明すると納得してくれた。

私はヒールの折れた片足の事は忘れていたかのように、普通に歩いて駅員室まで行った。