私は一瞬自分の目を疑ったが、嘘ではないようだ。

嘘であって欲しい気もしたが、そうでもない気もした。

私はメニューをみているつもりだったが、全然メニューには目が行っていないことに気付いた。

メニューの先の2つの顔に目が行っていた。

間違いなく、メニューの向こう側にいるのは、水野優一とこの前のおじさんだ。

向こうは私のことは気付いていないようだ。

私の頭の中を色々な妄想が駆け巡る。



私は食事もろくに喉を通らないまま終えて、お茶を飲みながらずっと考えていた。

2人は楽しそうに会話をしている。
この前初めて会った人達ではないかのようだ。

するとおじさんが席を立った。

気付かれないと油断をしていたのか、ふと立ったおじさんと目が合ってしまった。

私は少し気まずい表情を浮かべてしまった。

しかしおじさんは笑顔で私の方へ向かって来て、

「あ、この前はどうもすいません。さっきから話しかけようと思っていたんですが、なかなかタイミングが」

と言っておじさんは苦笑いをした。

私は呆気にとられた。

おじさんは私に気付いていて、しかも私の方がそのことを気にしていたなんて。

おじさんは少し気を緩めた表情をして、後ろを振り返ると彼に手招きをしてこっちに呼んだ。

そしておじさんは、

「まさかこんなところで会うなんて思ってもいなかったですよ」

と続けた。

それは私が言いたかったが、やめておいた。

彼は私を見るなり少し気まずそうな顔をした。

そしてこの前とは別人の様な顔をして、

「先日はすいませんでした。」

と一言言った。

あの時の尖ったような表情はなかった。

そして私は無意識のうちに言葉が出ていた。

「あなた水野優一さんですよね?」

すると彼は一瞬表情を曇らせたが、すぐに

「あ、知っていたんですね。」

と一言った。

“知っていた゛と言う言葉が適切だとは思わなかった。

正確には、“知ってしまった゛と言うのだろうか。

彼はそれ以上言葉が出て来ない。

見兼ねたおじさんが、

「本当に申し訳ない。彼はうちの事務所の子なんです。」

続けて

「だからこの前会った時も私と彼は知り合いでした。本当に申し訳ない。」

それは理解出来たが何故?
という疑問が私の中に出来上がった。

すると彼が、

「本当に申し訳なかったです。実は先日は電車に乗る前に少し仕事の事で話しが合わず、ちょっと言い争っていたんです。」

そこまで聞いて私はその感情を私のヒールを折ったととに噛み付いたおじさんにぶつけたんだと思った。
朝、目が覚めると昨日の事が夢の様に感じた。

いつも通りの朝だった。

もちろん何かが変わるなんて思ってはいなかったが、少し物足りない感覚もあった。

私はいつも通りに朝のルーティーンをこなし、いつも通りの電車に乗って会社に出掛けた。

昨日あんな事があった電車も今日はいつも通りだ。

会社に着いてデスクで仕事をしながら昼休憩まで過ごしていた。

すると隣の席の三山さんが私を見るなり声をかけてきた。

「藤沢さん、おはようございます。何かありました?」

私は一瞬、ぼーっとしていたことに気付き、彼女の質問に答えた。

「え、私何か変?何もないけど」

すると彼女は

「ならいいですけど、藤沢さん何か朝からずっと表情が変わらないから、どうしたのかなって」

そのまま彼女は続けて

「私もよく言われるんです。何かあった次の日」

それだけ言って彼女は自分の机に向かった。

私は何だかいつもと違う自分に見られているのが嫌だった。

自分の中が見透かされている感じがして。

もちろん自分でも気付いていた。

昨日のことが頭から離れないことくらい。

おじさんのこと。

そしてあの彼のことも。

もう会うことはない、そのうち忘れるだろうって思ってはいたが…。

午前の仕事があまり進まないうちに昼になってしまった。

私は一人になりたかったので、会社から少し離れたところで昼ご飯を食べることにした。

始めて来る店だが、お客さんも入っていて美味しそうだ。

やっと気が落ち着いた気分だ。

ホッとしてメニューに目を通していると、メニューの先に見たことがある顔があった。

それも2人同時に。

その光景を目の当たりにして私は言葉を失った。
唖然としたまま何分スクリーンを眺めていただろう。
その間にようやく事を理解してきた。

まさか映画のスクリーンに今日会った人が出てくるとは、どんなに自分の頭の中をひっくり返して考えても出てこない答えだった。


今、スクリーンに写っているのは、彼だ。
間違いなく、今日電車の中でおじさんにペットボトルをぶつけた、彼だった。

主役を張っている訳ではないが、それなり?の脇役として登場している。

でももし、今日の事が少しでも表沙汰になったらこの映画は中止になってしまうのだろうか。

そんなことを考えていると、なんだか申し訳ないとも思えてきた。

でも悪いのは彼だ。
私がこんなこと考えることはない。

それに多分もう彼には会わないだろう。



結局そんなことを考えていたら、全然映画に集中出来なかった。

しかし、彼の出演シーンだけはしっかり焼き付いていた。

私はしっかりエンディングロールを瞬きをしないように見つめた。

彼の名前は「水野優一」と言うらしい。

まあ芸名かもしれないが。

私は家に帰るなり、パソコンのスイッチを入れた。

彼の名前を検索すると意外にも沢山ヒットした。

私が知らなかっただけかも知れない。

出演している映画やドラマもいくつかあった。

私が見たことあるものもあったが、全然気付かなかった。


なんだかまたどっと疲れを感じた。

特に何をした訳でもないのに、精神的に疲れてしまったようだ。


せっかくの休みが目まぐるしく終わってしまった。

明日からはまた今まで通りの日が続くのだろうと思い、私は少し早くも感じたが眠ることにした。