イエレン米FRB議長は25日の講演で、「リーマンショック後の金融機関への規制強化で金融システムが安定した」と述べ、さらに「今後は中小、中堅銀行の貸出業務を後押しするため、規制の簡素化を検討している」と続けました。

  

みんなが聞きたかった追加利上げ問題に言及しなかったので、マーケットの方々はさぞかしイラっとしたのではないでしょうか。

  

 とはいえ、イエレン議長の金融監督論を振り返るのは、非常に有意義です。少なくとも日本の金融監督行政(金融庁の狙い)を理解するうえで、不可欠だと思います。森長官の人柄やら考えやらを、あれこれ想像するよりも。

 

 さてイエレンさんが2010年ぐらいから言い出したのが、以下のような感じ。

 

金融危機の発生前までは、「(金融工学の発達による)リスク管理手段の発達で、金融システムの安定性が向上した」との考え方が支配的だった。「実体経済に深刻な影響が出る前に、自己的な治癒力が働いて均衡点に戻る」と、考えられていたわけです。

 

しかし、危機が起こったあとになると、「『マジノ線』が突破されるようなことは起こらない。こうした考え方は傲慢であった」と、金融監督当局の皆さんは反省した。

 

マジノ線というのはフランスが対ドイツ用に作った要塞で、フランス軍は「マジノ線がある限り敗北はない」と断言していたんですが、ドイツは迂回して攻めてきたため、全く役に立たなかった、という歴史ネタです。

 

「危機に至る前に金融の過熱を認識し監督できるよう、より強力な監督と規制が行われるべきである」「固定したルールに従って行動するが、当局の裁量の余地を残すことも重要だ」と、イエレン様はおっしゃる訳です。

 

要するに、欧米の金融機関が「俺たち大丈夫。日本とは違うから」というので好き放題やらしていたら、大変なことになっちゃった。やっぱりきちんと厳しく監督して規制して、早め早めに問題が起こらないように裁量行政も含めて対処しないとね、ということです(まとめすぎ)

 

とはいっても昔ながらの金融監督のやり方、個別の銀行の不良債権をこまごまと調べるだけでは今の時代には役立たない、というのもイエレン氏の問題意識でありました。

 

リーマンショックがあれだけひどいことになったのは、複雑な金融商品が生まれ、それがいろんな銀行に転売に転売を重ね、それがさらに組み合わされて新たな証券化商品がに組成され組成されたからです。証券化商品を通じて、影響が銀行から銀行へ、業界から業界へ、連鎖、輻輳していく。

 

金融と数学とITがくっついたおかげで、ウルトラ複雑な世界になってしまった。今までは正常な貸出先だと思っていた会社が、なんだかわからないうちに業界ごと沈没して不良債権になってしまいかねない(これまた端折りすぎ)

 

そんな時代に、金融検査官が机をたたきながら「これは要するに、地上げ屋に迂回融資した不良債権だな、認めろ」とか怒鳴っても何の意味もありません。

 

銀行の人は「これは国内外の複数の不動産会社の債権を組み合わせたものを分割して転売した証券化商品で、格付け会社から数学的にトリプルAの安全性が保障されています」と反論するだけで、事実その通りなんですから。

 

そんな中でイエレンが言い出したのが、「マクロ・プルーデンス」の視点に立った規制・監督に取り組もう、ということです。超ざっくりいうと、金融システムを全体として、そして動的存在として見ようということです。

 

 例えば、金利が1%上がったら不動産業界全体にこんな影響が出て、そうなれば、証券化商品でこれぐらいの影響が銀行全体に出て、直接貸し付けでこんな影響が銀行全体に生じそうだ。さらに、住宅メーカー業界や家電業界にもこんな影響が波及し、それはまた銀行にこんな影響が生じる。このばあい、A銀行にこれこれの影響が出て、Aがこけると、意外なことにB証券に影響が連鎖し、それがなぜかC保険にはねかえってしまう。実はC保険はD国に多額の投資をしていて、今度はD国にも影響が広がる。

 

 ってな具合に、全体としての影響、連鎖関係としてみていこうという考えです。もちろん、今まで通りの個別金融監督も必要ですが。

 

でまあ、長々と書いてきましたが、かなり恣意的にまとめると、米国の金融当局のボスは「金融機関の規制が必要」→「とはいえ昔ながらの、個別検査だけではだめ。新しいやり方が必要(マクロプルーデンスもやろう!)」→「規制の効果が出てきた」→「(政治家が「厳しすぎる」とうるさいので)じゃあ、中小銀行の貸し出し拡大の後押しに取り組もう」とおっしゃっているわけです。

 

どこかで聞いた話じゃありませんか?ちなみに、金融庁日本の金融庁の森長官がやっているのが、マクロプルーデンス参事官室の新設と、検査局・監督局統合による新たな検査体制、それと地銀の融資拡大の後押しです。

 

べつにこれって、日本だけの異常な行政姿勢だというわけじゃないんだと思いますよ。むしろ、海外でも一般的な考え方を、日本でも日本なりのニュアンスでやりましょう。ただそれだけじゃないですかね。もちろん、時間軸的に見ると大きくずれているのですが、そこはまた別の機会に。