ある日の午前中大手広告代理店「谷津樽堂」の一員としてプレゼンに参加し、和やかな雰囲気でプレゼンルームを出たとき、競合の「大日本電気通信電信柱広告」略して「電柱」さんのスタッフがずらりと勢ぞろいしている。いつも思うがこの人たちは暴力団の高級幹部か、芸能人か解らないセンスの服で身を固めている。その中でも良く知っている、第三営業局アカウントデビジョン、アカウントエクゼブティブの逸喜多野に呼び止められた。「いやーさすが谷津樽堂さん。プレゼンボードを持つ人に女の子、しかもハイレグレオタードとは恐れいりました。ドヒャヒャヒャヒャ!」こちらも負けずに「何をおっしゃいます。今回のタレントさん、六本木で派手に遊ばせといてその借りをきっちり回収するとは、いやー今回は負けました。ではお先に。」といつもの挨拶を交わし、外にでる。谷津樽堂営業・プランナー・ディレクター・デザイナー・コピーライター・プロデューサー、そして私の8名がそれぞれとタバコの火をつける。一服したところで谷津樽堂営業の御手洗寺が「マルちゃん、飯でも行こうよ」と声をかけてきた。時間もそこそこ昼飯には少し早い時間だが、付き合う事にする。どうせ向こうから誘うと言う事は領収書が切れるのだから、ゴチになると言う事。まあ、月末にはその領収書がこちらにまわるのだが。「良いですね、少しつまみますか。」「じゃお先に」他のスタッフに声をかけ、二人でなじみの寿司屋に歩を進める。「暑いね」ハンカチで額を拭きながら御手洗寺が言う。「まあ、マルちゃん、今回、うちが取ったから。」クリエイティブより営業努力か。そんな事は当たり前。御手洗寺がクライアントのキーマンに何をやったにせよ、仕事が取れる事が一番。「ご苦労さまです。」としゃべりながらついたのは、とある地下鉄入り口の近く、金融街の路地にある馴染みの寿司屋だった。ここなら御手洗寺のオフィスへも私の事務所にも近い。暖簾をくぐってカウンターに陣取る。「らっしゃい!」威勢のいい言葉が響く。「取り急ぎいつもの」と御手洗寺。瓶ビールとグラスが運ばれ、つまみの蝦蛄が小鉢で出てくる。「まずはお疲れ」キンと冷えた音を発てグラスをあわせる。「親父、てきとーに握ってくんねいか」と御手洗寺。「じつはよ、お前んとこの事務所、よからぬ噂がたってんだけど、そこんとこどーなのよ?」俺はわけもわからず「どーなのよって何なのよ」と聞き返す。その後聞いた話が俺の人生、恐怖のジェットコースターの始まりだった。以下、次号。