福祉の施設で働いている。
人の役に立ちたい、誰かの力になりたい、そう思って始めた仕事だった。けれど、現実は想像していたものとはまるで違っていた。
施設の中では、目に見えない「力関係」や「暴力」が渦巻いている。暴力といっても、殴る蹴るだけではない。言葉、態度、無視、噂。そういった小さな暴力が積み重なって、心の中を削り取っていく。
ある時、私の個人情報を悪く広めようとする人がいた。根も葉もない話が、あっという間に施設内を回る。まるで空気のように広がり、気がついたときには、私の名前に“悪い印象”が貼りついていた。何を言っても、もう信じてもらえない。そうなると、まるで自分の存在そのものが否定されたような気分になる。
そして、私が話しかけた人にも暴力が向けられる。私と話すだけで、その人が攻撃の対象になるのだ。だから、だんだん誰も私に近づかなくなる。人間関係が少しずつ崩れていくのが、手に取るようにわかる。
あのときの孤独と屈辱は、言葉にするのも難しい。私が何をしたというのだろう。ただ誠実に、まじめに働いていただけなのに。
それでも、福祉や病院の人たちは、何もしてくれない。放っておかれている気がする。
相談しても、「そういう人はどこにでもいますから」「あなた自身がしっかりしないと」と言われるだけ。
まるで、私が悪いかのように扱われる。理不尽だ。
この怒りをどこにぶつければいいのか分からない。
精神科に相談しても、言われるのは「あなたの成長のために」「自分を見つめ直しましょう」という言葉ばかりだ。
正直、そんな言葉を聞くたびに、心の中で叫びたくなる。
「成長なんて今はどうでもいい。私はただ、この現実をどうにかしてほしいんだ」と。
私が求めているのは、立派なアドバイスやポジティブな言葉じゃない。
ただ、今の痛みを、誰かがちゃんと見てくれること。
誰かが、「それはおかしい」と言ってくれること。
それだけでいいのに、現場では誰も口を開かない。
沈黙が支配していて、その中で心がどんどん冷えていく。
時々思う。
福祉って何なんだろう。
人を助けるはずの場所で、人が壊されていく。
優しさが制度に押しつぶされ、真面目な人ほど傷ついていく。
それでも、笑顔をつくって働かなければならない。
「あなたが変われば、まわりも変わる」なんて言葉は、現場の現実を見ていない人の言葉だ。
私は、もう十分我慢してきた。
誰かのためにと頑張ってきたけれど、そのたびに踏みつけられてきた。
怒りを感じるのは、間違いではない。むしろ自然なことだ。
自分を守るためには、怒りも必要なのだと思う。
今の私は、たぶん「心を閉ざしている」状態だと思う。
でも、それも仕方がない。
無理に心を開いて傷つくくらいなら、自分を守る方を選びたい。
それでも、心のどこかで思っている。
本当は、信じられる誰かがほしい。
本当は、安心して話せる場所がほしい。
成長なんて言葉はいらない。
それよりも、「あなたは悪くない」「その怒りは当然だ」と言ってくれる人が、一人でもいてくれたら。
それだけで、私はまた立ち上がれる気がする。









