なんかいろんな事の流れが良くなったなー。



別に「いい流れがきてる」とかそういう意味ではないけど、
わりと上がったり下がったりしないで平坦な感じで、わりと思い通りに生活できてるな、って感じです。



昨日、
某会社の女の子が過労で自ら命を絶った事件の裁判が…のニュースを聞いて、twitterで色々調べていたら、とある本に辿りつきました。

「死ぬくらいなら会社辞めればができない理由」

著者の汐街コナさんが実際の体験を元に描かれた、ブラック企業での勤務経験と、その時なにを考え、どうして辞める事ができなかったか、そして今はどうなのか?が描かれたエッセイマンガです。

絵柄もあっさりしており、妙に悲観的すぎたり悲劇のストーリーを盛り上げる為の大袈裟な表現や言い回しがなく、わりと淡々とストーリーが進んで行き、わかりやすく、共感しやすい内容でした。



いやね。

こないだ部屋の掃除をしてたら、究極に病んでた時期のノートが出てきたんですよ。

5ページぐらいしか書いてないんだけど、当時の仕事をものすごく嫌っていて、ニュアンスは違えど結局「死にたい」「辞めたい」しか書いてないんですよ。



で、1番最後のページにでっかい文字で、




どいつもこいつも
人に責任なすりつけやがって
●●●●されてしまえ!!!!
(自主規制)




って書いてあって、そこで爆笑してしまった。

当時の仕事は何かあれば「誰が悪かったのか」「どこが悪かったのか」「原因は」「理由は」と延々と尋問やお説教が続き、もちろんミスった人が悪いのだけど、外的要因…お客様が超絶クレーマー気質でやってもない事をこちらの責任に仕立て上げてくる、または同僚が罪をなすりつけてきたり、事を大袈裟に報告する、外部の人間が全面的にこちらのせいにして知らん顔する、なども大いにあるいわゆる「潰し合い」の世界だった。

私は正直、この仕事が大嫌いでした。

大嫌いなのに激務だったので、仕事の日が近づくと「死にたい」とか「目が覚めなければいいのに」とか常に思ってました。

なんかね、働く目的が「夢のため」とか「目標があるから」とか「憧れる人がいて…」とか「守る物があるから」とかでもなく、他に同じくらいの収入を得られるのに短時間で稼げる仕事なんかいくらでもあるのに、失礼な話だけど、拘束時間が長いのに非常に安月給、下手すりゃ「修行のため」とか言われて無休で無給でムキュ〜…とかなんじゃそりゃ、って感じがベースにあるのに更に自分のせいじゃない事まで理不尽に責め立てられるんじゃあたまらんのですよね。

さらに私はその頃から掛け持ちだったんだけど、それに対しても理解がなく(フリーなので会社的にも違反ではありません)簡単に「かけもちを辞めろ」「だから出来ないんだ」などの雰囲気を出されていましたが、↑の状況で一体誰が私の生活の責任を取ってくれるんかと思ってました。

実際誰も、私の面倒を見てくれやしないし、そのせいでプライベートが壊れようと誰も責任を取りゃしない。会社ってそんなもんだ、自己責任だ、でもそれが当たり前ならそれでもいいからもーちょっと割のいい仕事したいわな。



彼はあっさり「辞めたらぁ?」てなもんでした。

でも、本にもあったように、
追い詰められている人間には「辞める」と言う選択肢は思い浮かびません。

「仕事を続けるか死ぬか」ぐらいの極端な二択制となっております。

辞めて、次の仕事にありつけるのか、散々これまでも迷惑をかけてきたのに、辞めれば更に先輩や同僚に迷惑をかけるんじゃないか。周りはどう思うか。以前も挫折しているのに、また辞めたら挫折グセがつくんじゃないか。そもそも自分のメンタルが弱いのが悪いのに、人のせいみたいにして辞めるのは人間としてダメなんじゃないか。

さらには、他にもっとしんどい思いをしている人がいるのに。家庭や子供を持ちながら、同じく掛け持ちしながらでも完璧に仕事をこなしているひともいるんだから。



ここまで書いても、
分からない人には分からないと思います。

例えば私が「将来の夢はお嫁さん」とか「芸能人の●●さんが大好き」が分からないのと同じで、最初から器の大きい人や頭の良い人には分からないのだろうと。

私の器は小さく、非常に頭が悪い。(学歴関係なくね)

お前が悪いとか悲劇のヒロインぶるな!とか、そう思う人もいるんだろうと思います。

でも、「死にたい辞めたい」状態の人間は決して「誰かに私の事を解ってほしい、聞いてほしいかまってほしい助けてほしいなんで私ばっかり」なんて思ってませんほんとに。

むしろ、組織の人間に「話を聞くよ」と言われると一歩引きます。聞かれたくないです。だって、みんな出来ることが出来ない理由なんか私にも分からないし恥ずかしい事だと思ってるしみんなもそう思ってるはずだから。

私ばっかり辛い訳じゃない事を解ってるから、私ばっかり辛い訳じゃないのになんで自分には出来ないの?と思ってます。

私が出来ないのが悪いから人を責める権利はないとも思ってます。自分の中の悪い要素だけを延々と考えて責め続け、建設的な解決策だとか根本的な働き方の改善とかは考えられません。

ほんとに「死にたい辞めたい私が悪い」しか頭の中にないんですよ。



私のは本当に軽度の鬱状態で、
本に書いてあったような、ある日突然身体が動かなくなるとか、吐き気がして出勤できない、などの症状は無かったですが、仕事中に「何でこんな事をしているのか」「続けて何になるのか」「でも頑張らなきゃ」の葛藤が異常で、身体的には緊張で眠れず、よくお腹を壊しました。

常に「死にたい辞めたい」に不眠による眠たいとお腹痛いが重なる悪循環ですね。

限界を感じてかかった病院では「適応障害」「仕事を辞めなければ続く」と言われ、やたら薬を勧められ、ロクに話を聞いて貰えなかった事から心が折れて通院しませんでしたw

会社自体の人間関係はそこまで悪くはありませんでしたし、みんな熱い想いを持ち、真剣に仕事に向かう素敵な先輩ばかりでしたが、それも当時の私には眩しすぎて…一生自分がなれない「出来る人」を目の当たりにし、比較しながらされながらだった事がマイナス要素にはたらいてました。

末期には「訳もなく涙があふれてくる」などとまるでバラードのような状態に陥り、そこでやっと限界を感じ始めます。


ある日、そんな私の心中を、先輩方にもとうとう見抜かれ、

「かのは今はやりたくても出来ない、自分でもやらなきゃいけないのはわかってるだろうけど、きっと出来ないと思う。

休みなさい。休まなあかん!」

と言われ涙腺が崩壊し、自分の限界を認め、社長に辞める旨を伝えました。

社長も先輩も、ごめんね、ごめんね、とひたすら謝ってくださいましたが、当時はこの会社も小さくしかも過渡期にはいっており、全員に余裕がなく、1人1人にまでは気遣いが及ばない事も重々承知でしたし、勤務形態はともかく、 向いてない仕事、嫌いな仕事を何故か意地になって続けようとした私の過失も大きい。

もちろん、不満や憤りなど色々死ぬほどありましたが、社長や先輩方の意識の高さは社会人としてどこでも当たり前に求められるレベルの物でしたし、それだけの仕事をこなしていらっしゃいましたので、私が文句を言えたことではありません。



嫌いな仕事を無理やり続ける事は、
下手すると会社の損害にすらなり兼ねない、損害にまでは至らなくとも、同僚や先輩方に迷惑をかけかねない。

だから、世間一般には「一度始めた仕事は続けた方がいい」と言われているけれど、「自分にとって続けた方がいい」と必ずしもイコールではない事を知りました。



今考えれば、
早く辞めてしまえばいいし、自分だけが悪いわけではない。

それぞれのキャパも人によるし、何より、大きく分ければ同じ業界でも、その中の細かいカテゴリで言えば向いてない仕事もある。

絶対続けなきゃならないワケも意味も確固たる信念も無かったし、何より好きでやっているのではなく、やらされている、しかも、掛け持ちで休みが何ヶ月も無いんだから、そりゃあやりたくないし死にたいでしょうねぇ。…なんですけどね。

…そもそも、なんで「出来るひと」にならなきゃいけないんでしょうね。笑笑

誰のために??

変なプライドが自分の人生の邪魔をしていたんでしょうね。



結局は現在、
原点回帰して、最初に始めた細々とした仕事を繰り返し淡々とやってます。



「死ぬくらいなら会社辞めればが出来ないワケ」はtwitterなどで話題を集めてヒットしたのだそう。

著者は以前は広告デザイナーで、現在は事務職。

一度挫折した漫画の道に戻ってきたのは収入への不安からで、自分に残ったスキルはそれしかなかったから…とあとがきに添えていらっしゃいます。



私の今の仕事は、
何もできなかった自分に唯一残され、多少は褒められる事もあった技術職。

余計なしがらみとか、余計なマニュアルや厳密には関係ないのに覚えなければならない事や、本職と関係のない部分までへの気遣いなんかは必要なく、淡々と技術だけをひたすら施していればいい仕事です。



辞めてしまった後、
徒歩圏内の仕事だけを毎日繰り返し、このままでは非常に狭い世界で生きなければならないのではないか?と思っていましたが、何故かしがらみがない分出会いが広がり、ちょっとお仕事を手伝ったり、手伝われたり。

以前の会社繋がりでお仕事をもらえたり。

「会社とも関係なく身体が空いている」事が、逆にプラスに働いて仕事に繋がり、自分の意思でそれを選び分ける事が出来るようになり、環境は整い、色んな人の技術や考え、果てはいろんな国の人やいろんな国を知っている人の考えにも触れる事ができ、毎日楽しく働けています。

人によってはしんどい仕事だろうと思いますが、自分にとっては以前と比べて仕事内容も楽すぎて申し訳ないぐらいです。

現在も程よく掛け持ちなので、よく「大丈夫ですか?休んでますか?」とか聞かれますが、このくらいなら気分的には週の半分くらいは休みみたいなもんです。笑笑

また、それでもしんどいな。。と思ったら意図的に自分の意思で休みを取れると言う安心感で、多少無理がかかっても以前のように「終わりがない感」や「絶望感」はなく、次の休みを励みに頑張れています。

それと、以前は「みんな頑張ってるから」であまり思っちゃいけない言っちゃダメだ思っていた「しんどい」「休みたい」もめっちゃ思うし、「しんどいからここは休む」もハッキリとスタッフやバイト先の店長にも伝えるようにしてます。

「他の人もしんどいけどそうしてるから」が蔓延してしまわないように。

出来ればみんなが、「しんどいからここは休む」をシフト希望で出しやすくしたい。しっかり休んで、しっかりいい仕事をしてほしいのです。



その辺はスズキが得意です。笑笑

あいつはすぐ「しんどいから休む」という理由で休み希望を入れます。笑笑

周囲はスズキが他にどんな仕事をしているかや、普段しっかり勤務している事や技術の高さ、スズキの限界を良く理解しているので、特に何も言いません。

スズキを見てると、「しんどい」も充分な休み理由に値するんじゃないかと素直に思えます。

もちろんバイト先が充分な人員を確保できているからこそ交代要員の確保ができる、と言う融通の利く条件あっての恩恵ですか・・・



彼は、私が「仕事楽しい」と言うので驚いています。



仕事を辞めるのはいいけれど、今後が不安だと思う人も多いはずですが、なによりこのままじゃいけない」のは、自分のメンタルの弱さや転職を繰り返す事ではなく、行きたくない仕事に無理やり向かう事。

もし、あわよくば、当分は仕事をしなくても何とかなるなら休むに越したことはないと思います。それだけ頑張った自分を認めてあげてほしい。

気づいたら「死にたい」と考えている「辞めたい」と考えている人は、周りがどうとか心の弱さがどうとかじゃなく、「じゃあ辞めるために」どうとか「次はどう」とかを、一度でいいから考えてみてほしいです。




ちらっとでいいから。



ほんとに、ちらっとで。