エコ エコ うるせー
と思う …サッコン
ちゃんと最後に“ごっこ”と付けて欲しい…


“エコロジー”は良いことなんでしょうし世界規模で取り組まないと地球に未来はないんでしょうしそれには一人一人の意識が大事なのは…
まぁ わかります はい


ただ無意味だった“ゴミの分別”(ガソリンを数倍喰ってしまうリサイクルっ てか結局全部一緒に処理かよ)や
行く行くは森林破壊につながる“マイ箸”や
物価を跳ねあげるバイオ燃料や
“温暖化は問題”と騒いでも京都議定書にサインしないアメリカさんや
ただの企業のポーズやなんかを見てると
( ̄~ ̄;)


「これをこうしたらこうなるから環境に良くて 地球に優しくてウンウン」
をもっとキチっと説明してから
いや、大して説明されもしないで納得して
「私はエコやってます エッヘン」
みたいな様は
( ̄~ ̄;)


何だか焼き肉大好きな動物愛護団体の人みたいで
( ̄~ ̄;)


僕は二酸化炭素を大量に排出する乗り物に乗らなければならないし贈り物には“無駄?”な過剰包装をしてもらう方がいいし食堂で残り物を出されたくないしF1はなくならない方がいいと思うし
環境ウンヌンより
今まで通りがいいかなぁ…と思う


でぇ
こんだけ書いておいてなんだけど…
本当に申し訳ないのだけど…
実はまったく“エコロジー”に興味はなくて
安い社会批判とかしたくもなければ(そもそも出来ないし)どうでもいいくらい…

僕が興味を持つのはやっぱりその時の人間の心の動きだった
人の織り成す“ごっこ”の方だった

“正しさ”という言葉は多くの場合、主観で
人は自分自分の正しさで生活して
その中でもやっぱり自分の“正しさ”が一番で
正しいことをしてる自分でいたくって…

でもその“正しさ”ってモトモト何さ?と
法律?常識?道徳?新聞や雑誌に書いてあること?
友達がみんなが言ってたこと?学校で教わったこと?テレビが言うこと?

“正しさ”をそこらへんのどこかにおいて自分で考えたつもりになって
“エコ エコ”言われると僕には“うるせー”と感じられてしまう


って実際そこまで考えてないか
みんながやるからだよね


僕も「何とか」ごっこ ...

なんだか最近好きな曲紹介ブログになってしまってますが…
この際なんでもう一曲…



終わりなき旅 -MR.CHILDREN

超有名どころの超有名曲だからまぁみんな知ってはいるだろうけど...
前にテレビで「人生のこの一曲」的な質問にこれをあげてる人が結構いて 
「あー君達も自分と同じような時期に同じような気持ちだったのねフムフム」と感慨に耽ってしまった

ミスチルのいいとこは曲だけじゃなくて
「夢」や「希望」を 謳うその前にちゃんとそれに伴う苦悩や不自由さを提示してるとこだと思う
それがないとリアリティーに欠けるどころか普通に「嘘」や「作り事」に聴こえてしまう…

希望を抱けば同時にいろんな弊害に出会うし 
それについて曲を作れば当然マイナス面も“込み”で語られるはずじゃないかと(桜井君、苦労なさったのねぇ) 


後で思えば小さなことだけど
その時、僕は転職しようかどうか?とか人間関係とか まぁいろいろで悩んでいた(いつものことだが)
焦りやら不安やらが交互にやって来て僕のドアをノックしていた(これもいつものことか)

「なるようになるさ レットイットビーさ あーケセラセラ ハハハ」
みたいな心境に最後は結局薬局行き着くのが分かっていても行き着くまでが僕の場合、紆余曲折…


サビ
閉ざされたドアの向こうに新しい何かが待っていて
きっときっとって 僕を動かしてる
いいことばかりではないさ でも次の扉をノックしたい
もっと大きなはずの自分を探す 
終わりなき旅



大好きな曲っ
この詩は自分に重ねやすくて いや、いつも重ねていて
当時、単純で 良く言えば?純粋だった僕は聴くたびに「おし!頑張りマンモス」みたいな気持ちにすぐさまなったりするのだけど
次の日帰る頃にはまた凹んで また聴いて 凹んで 聴いて 凹んで 凹んで 聴いて 凹んで 凹んで 一回休んで 聴いて…
を繰り返していた


ミスチルはいつも背中を押してくれてた気がする
同じように大勢の人もそうだったんじゃないかと勝手に思う


やっぱりいまだにグッときますな…
弾き語り練習しよ