このブログは、大学時代の私と一年後輩の「彼女」をめぐる断絶と再構築のストーリーが主眼だが、その過程で意図せず重要な役割を果たしたMさんをめぐる流れをもう少し書こうと思う。今回の捜索で、新たに分かったことがあった。
【流れのおさらい】
1994年 彼女が私に好意を持ち告白。私は交際相手の存在を理由に振るが、期待を持たせるような態度を取る。彼女からは計5通の手紙をもらったが返信せず。
1995年 私は海外留学のため一年間日本を離れた。留学仲間のMさんと出会い、片思いの恋に落ちるも告白して振られる。これをきっかけに交際相手とは破局。
1996年 私は帰国して復学し、就職活動開始。
3月25日 飲み会で彼女と再会。帰国後初めてしっかり話す。
4月 8日 Mさんから手紙届く
4月25日 私が彼女に手紙を出す
5月 1日 彼女から返信(6通目)
Mさんの手紙の最初には「お祝いの言葉、どうもありがとう」とある。記憶はないが、私からボールを投げていたということだ。日記をさかのぼると、手紙の3週間ほど前に痕跡があった。
「何度も紙を破る」「怖い」と書いている。自分を振った相手にアクションを起こす緊張感が伝わってくる。留学先で気まずく別れたまま3カ月。誕生日祝いというきっかけが必要だったのだろう。何度も書き直したであろう内容は、今となっては分からない。
唐突に「Y先輩」が登場した。彼女は留学先の大学院で当時研究していた日本人で、私たち学部の交換留学生の「お姉さん」的存在だった。「話を信じ」とはどういうことか?驚いたことに、その1カ月前のY先輩の手紙が出てきた。
〈Y先輩の手紙〉1996年2月19日付
(抜粋)
なんだかexchage(※交換留学生)の人が帰国してしまって寂しくて仕方ありません。院生寮の人たちとも仲良くなれましたが、弟や妹がいないとなんか変だなという感じです。今日Sちゃん(※私の留学仲間)から手紙をもらって、そうだ○○ちゃん(※私の名前)に手紙を書こうと思いました。前にうつした写真も同封しますね・・・同じものを持っているとは思うけど。
あれからMちゃん(※Mさんのこと)とは連絡を取りましたか?私は実は3年ぶりにx・x・boyfriend(※元々カレ)から便りをもらってびっくりして手紙を読みながらびゃーっと泣いてしまいました。これから先のことは何もわからないけれど、男の人の誠実さには心うたれるものがあります・・・特に痛い目にあったことがある場合にはね。だから○○ちゃんの気持ちを大切にして、時間はかかるかもしれないけれど、細く長く連絡を取っていれば何かが生まれるはずですよ。いいかげんな気持ちや打算で行動する人が多い中で、○○ちゃんの気持ちはとっても輝いているんだから自信持って、自分を信じて頑張って!
私は留学生のお姉さん的存在だったY先輩に、Mさんへの失恋を打ち明けていたのだ。「○○ちゃんの気持ちは輝いている」など、慰めのトーンがやや過剰なのは、Mさんに振られたのにそれを日本にいる交際相手に自ら申告して終止符を打った私の馬鹿正直さに同情していたのだろうと思う。
1996年の流れを更新すると、こうなる。
2月19日 Y先輩からの手紙。Mさんへの連絡について背中を押される
3月19日 Mさんに手紙を書く
3月25日 飲み会で彼女と再会。帰国後初めてしっかり話す。
4月 8日 Mさんから返信届く
4月25日 私が彼女に手紙を出す
5月 1日 彼女から返信届く(6通目)
「連絡を取っていれば何かが生まれる」「自分を信じて」とY先輩は書いた。私はその言葉を信じてMさんに手紙を送った。そしてMさんの返信に己の不誠実を思い知らされ、彼女への手紙につながった。私と彼女との再構築は、彼女のことを知らないY先輩やMさんの思いやりがあったからこそ動いたといえる。
23歳をはさんだ二カ月半の間に、3人の手紙が「誠意のバトン」のようにつながっていた。就職活動の最中にあって、我ながら「青春」してたなと思う。毎日必死だったであろう当時の自分を否定する気は全くない。ただ、その後30年人生経験を積んだ視点からあえて厳しく自己検証すると、若さゆえの未熟さ、思慮の浅さを感じずにはいられない。
どこに「浅さ」を感じるかというと、最初のY先輩の手紙の段階で、私はMさんのことで頭がいっぱいで、彼女のことに思いを致せなかったことだ。確かにMさんに対しては「振られた側」であり、先輩はそれを前提に励ましてくれている。しかし、「元々彼」からの手紙に号泣するエピソードからの「痛い目にあった場合は男の人の誠実さに心打たれる」というくだりを読んだ時点で、私も彼女に対しては「振った側」であり、不誠実のまま放置していることに気付くべきであった。
Mさんへの手紙を出すときの気持ちを、日記に「何度も紙を破る。いざ出すとなると怖い」と書いた。留学前、私に振られた彼女も、同じように震える思いで手紙を投函していたのではないか。せっかく同じ経験をしたのに想像力が働かなかった。私は彼女の痛みに無自覚なまま「振られた側」としてMさんに手紙を出し、3週間後に届いた返信を読んでようやく、「振った側」のあるべき振る舞いに気づいたのだった。
先輩がくれたヒントを見落とした私にガツンと気づきをもたらしたMさんには敵わない。(本人は意図していないことだけど。)同い年なのに、人間としての器や包容力が自分とは比べ物にならなかった。その意味で、Mさんに振られたのは必然。納得である。
